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言葉を運ぶ鳥


翌朝も、
その次の日も。

土方さんと私は、
一言も話さなかった。

違う、
私が…避けてた。

土方さんが見えれば、
食堂にも入らなかった。

土方さんが居れば、
「体調が悪い」と出席しなかった。

でも土方さんだって、
自分から私へ接触することはなかった。

「子どもじゃん…、私…。」

このままじゃ、よくない。
このままで、いれない。

早く、良い別れを。

"良い別れ"?

良い別れって…何だろう…。


「紅涙さん、最近どうしたんですか?」
「…山崎君…。」
「なんか暗いですよね、…僕が言うのもなんですが。」

土方さんが外回りに言っている間、
縁側に腰を掛けていた私の隣に山崎さんが座った。

「それに輪を掛けて副長も機嫌悪いし…。」
「…うん、ごめん…。」
「え?!何で紅涙さんが謝るんですか?!」
"やっぱり関係あったんですか?!"

山崎さんがスゴイ勢いで私に言葉を投げかけた。

なるほど、
みんなの代表で聞きに来たのか。

私は彼にやんわりと微笑んで、溜め息をついた。

「…ねぇ、山崎君。」
「何ですか?」
「…相談…、していい?」

いっそ口にしてしまえば、と思った。

「私ね…、」
「…はい。」

皆に知ってもらっていれば、
いずれ形になって、結果が残るかもしれない。

それが、どれだけ、

「私…、土方さんと別れたいの…。」

的を射抜かぬ言葉でも。

「え…?紅涙さん?」
「…でもね、土方さん…、別れてくれなくて…。」
"どうすれば…別れてくれるのかな…"

空を見上げた。
昨夜の雨が、嘘のような快晴だった。

「どうすれば…いいのかな…。」
「紅涙さん…?どうして…どうしてですか?」
"どうして…、別れたい…なんて…"

空を飛ぶ鳥が、
私の言葉を運んで、

きっと、
誰かに届けてくれる。

きっと、
土方さんに届けてくれる…。

「つい最近まで…あんなに仲が良かったのに…、どうしてなんですか?」
"何か…あったんですか?"

山崎君が、私以上に困惑していて。
私はどこか冷静に物事を考えられたような気がした。

「…何も…ないよ。」
「何か嫌なことされたとか?!ほら、土方さんって、デリカシーのないところがありますし」
「うぅん、…そんなことない…。」
"好きだよ、土方さんのこと"

私はズルイ。
でも、本当だから。

彼への気持ち、嘘なんて付きたくない。

『忘れないでくれ、』

彼がそう言ったように。

『俺は…いつでもお前を想ってた。』

私だって、そうだから。


「嫌いなところがなくても…別れたいの…。」


私は自分の膝を抱えた。
三角座りをするように膝を抱えて、自分の足に顔を埋めた。

「どうして…?俺には…分かりません。好きなのに…どうして別れたいんですか?!」


珍しく、山崎君が感情をむき出しにした。
私は自分の膝の中で目を明けた。

「好きなんだったら…、一緒にいりゃァいい話じゃないですか!」
「…そう、だね…、でも…ダメなんだよ…。」
「何がダメなんですか…、何が問題なんですか!」
「…。」
「何も考えずに、副長の傍にいればいいじゃないですか!!」

それは…、
出来ないの。

私たちは。

「もう…遅いの…。」

知ってしまったから。

私たちの行く末を。

だから、
もう…、

遅いの…。

「それなら、どうしてそうやって誰にも何も言わずに物事起こしちゃうんですか!!」
「…出来ないんだよ…。」

言えないんだよ、
言いたかったんだよ。

「副長は紅涙さんのために色んなことを考えて、」
「…私だって…、土方さんのためにいっぱい考えたよ…。」
「いつだって紅涙さんのために色んなことを抱え込んでいるのに!」
「私だってっ!…私だって抱え込んでるよ…っ!」

顔を埋めて上げる声は、
自分の膝にぶつかって戻る。

「だからっ…、だから言えないんだよっ…。」
「それは甘えです!」
「…っ…、やめてっ…、」
「紅涙さんは副長に甘えてるから、そんな風に言えるんです!」
「もぅ…いい。…分かったから…やめて…。」
「辛いなら、どうして副長に言わないんですか!!」
「っ、やめてっ!!!」

耳だけが外に出ているせいで、
山崎くんの声だけは余計に大きく聞こえた。

膝を支える私の手が、
自分で分かるほど震えていた。

狭い空間に篭る息も荒れている。

「…ごめん…、山崎君…、」
"私が相談持ちかけたのに…ね"

私はゆっくりと顔を上げて、
山崎君の方は見ず、真っ直ぐ向いたまま目を擦った。

「でも…ありがと。…山崎君が一生懸命になってくれて…嬉しかった。」

私は山崎君に微笑んだ。
山崎君は眉間に皺を寄せた。

それを見て、私は小さく笑った。

「そんな顔、しないでよ。」
"土方さんみたいに皺寄るよ?"

それでも山崎君の眉間は、変わらなかった。

私はそんな彼に苦笑して、
彼の額にデコピンをした。

「ありがとう、山崎君。」
"君に話せて良かった"

本当に、

良かったよ。


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