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悲しいこと


私は土方さんが、好き。

自惚れてるわけじゃないけど、
土方さんだって…、

私のこと、好き。

でも、
別れなきゃいけない。

弱い私は、
真選組を辞めようと思った。

同じ建物に居るのは、あまりにも苦し過ぎて。

それしか、
今の私に出来ることはない。

私のために、
彼のために。

山崎君に話して、決意は固まった。


「…辞めたいと、思います。」

煙たい副長室で、机を挟んで、
土方さんに俯いて言った。

「…理由は?」
「…気に…迷いがありますので…、」
"このまま戦場に出ても、…足手纏いです"

本当のことだ。

子どもみたいだけど、
本当に、
私の頭はそれで一杯過ぎて。

土方さんの灰皿へ灰を落とす音が、俯く頭の上でした。

また怒鳴られるのかな、
また「ガキか」とか、言われるのかな。

ギュッと目を瞑って、

色んなことを考えた。
色んなことを予想した。

なのに、


「…そうか。」


土方さんはそれだけを言って、


「…今まで…、よく頑張ってくれたな。」


私を、
引きとめはしなかった。

俯いた私の目は大きく開かれて、


「お疲れさん…、紅涙。」


今まで言われたことなんてない、
土方さんから労いの言葉を耳にした。

「…、…はい…。」

それに動揺したのは、申し出た自分で。

よく考えれば、
何て都合の良い想像しかしていなかったんだろう。

私はつくづく、
情けない人間だ。

俯いていれば、
勝手に涙腺がジクジクして。

「…今まで…っ、ありがとう…、ございました…っ。」

どうにか震える言葉を言い切った。

だけど、
目に張り付く涙が、重力に引っ張られて。

頬を辿ることなく、
そのまま畳へと手を伸ばす。

「それと、」

そんな私とは逆に、
土方さんは溜め息を吐いて言った。

「この前、言ってたことだけど、」
"俺らの…関係"

顔は上げられない。
きっと涙は止まらない。


「…別れることにするか。」


きっと、
また私は矛盾する。


「俺も、考えたんだ。…別れよう。」


ドクドクと、自分の鼓動が耳に届く。

「…、…はい…、」

私が言い出したのに。
私が別れてって、言ったのに。

「悪かったな…、いつまでも引き止めて。」
「い…え…、」

望んだ結果なのに、
言葉が見つからなかった。

涙は、
やっぱり重力に勝てなくて。

零れ落ちると同時に出た言葉は、

「…ありがとう…ございます。」

枯れた声の、
気持ちのない感謝だった。

瞬きをすれば、また涙が出た。

一度出ると、
どんどん悲しくて。

土方さんはそんな私に怪訝な顔をした。
私は雑に袖で涙を拭った。

「…それでは…、っ、局長へ報告に参ります。」

"失礼します"と頭を下げて、畳に手をついて立ち上がった。

そのまま土方さんの顔を見ずに、部屋を出ようと障子に目をやった時、


「…お前は、」


視界の後ろで土方さんの声がした。
私は足を止める。


「お前は…、…それなりに、…イイ女、だから…、」


土方さんの言葉は、
千切れ千切れで。


「だからよ、…、」


やっぱり、
土方さんは優しくて。

悲しいほど、


「…せいぜい…、幸せになれよ。」


愛しい人。

「っ…、ぅ…っ」

私はその場にしゃがみ込んだ。

涙が、
止まらなくて。

耐える声は小さく漏れて、
土方さんの耳にはどんな風に届いたのだろう。

どんなに泣いても、
土方さんは私を慰めることはなかった。

それでいい。
それが正しい。

別れた私に、
土方さんの慰めは必要ない。

なのに、

私の背中は、
抱き締めてくれることを、待っていた。

土方さんは、


「…また…、顔出せよ。」


その言葉だけを残して、

私の横を通り過ぎた。


この日、

私は大好きな人と、

別れた。


大好きな人に言われた通り、お互いの幸せのために。


これ以上の悲しみを、

繰り返さないために。


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