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大人な子ども


紅涙が別れを言った。

泣きながら。
"別れてくれ"と言った。

「副長、」
「あァ?」

理由なんて分からねェし、
検討一つ付きやしねェ。

「これで…、本当に良かったんですか?」
「…。」

良いことも、
悪いことも、

何も分からねェけど。

それでも、
アイツが泣いて頼むから。

「こんな形で…、別れて良かったんですか?」

アイツが望んだこと。

初めて、
アイツから望んだこと。

どんな形でも、
お前がそこまで言うのなら。

「…あァ。」

叶えてやりたかった。

「俺には…、出来なかったんだ…。」

アイツを自由にしてやることが出来なかった。

いつだって、

何かを我慢させて。
何かを耐えさせて。

お前を満たせなかったのは、俺だから。

「…自由に…、生きてくれればいい…。」
「副長?」

こんな俺の元から離れて。


「アイツらしく、自由に…、歩いてくれればいい…。」


誰か他の、
お前を幸せにしてくれるヤツの元で。

「笑って死ねる場所は…ここじゃねェからよ。」
「副長…、」

いい夢だったと思おう。
俺にしてはマシな夢を見れたのだと思おう。

「山崎ィ、」
「何です?」
「……、煙草切れた。」
「…はぁ〜、分かりました。」

山崎は「いつものですよね」と言って走り去った。
俺は短く「あァ」と返事をして。

山崎の背中が見えなくなると同時に溜め息をついた。

「…、」

お前には俺がどう見えただろう。


『…そうか。』


俺にはそれが精一杯の言葉だった。

辞めると言ったお前は、
俺から完全に逃れるために辞める。

そこまでお前を追い詰めていたことに、
正直、驚いて。


『…今まで…、よく頑張ってくれたな。』


在り来たりな言葉しか見つからなかった。

告げなければいけない言葉も、


『…別れることにするか。』 


どれだけ歯を食い縛って言った言葉か。

『…それでは…、っ、局長へ報告に参ります。』

お前から別れを切り出したくせに、
あんな顔しやがって。

『…お前は、』

声を掛けないわけがなかった。

少しでも、
あと少しでも長くお前と話していたくて。

あわよくば、
この手に泣いて戻って来てくれればと思って。


『お前は…、…それなりに、…イイ女、だから…、』


言葉を必死に繋いだのに。


『だからよ、…、』


なのに俺の口から出る言葉は、


『…せいぜい…、幸せになれよ。』


お前の幸せを願う言葉にしかならなくて。

最後まで俺は、
紅涙と向き合わずに。

「何が…、"…また…、顔出せよ"だよな…。」

お前には俺がどう見えただろう。

余裕に見えたのか?
大人に見えたのか?


「紅涙…、」


…俺は。


「やべェ…、未練…タラタラじゃねェかよ…。」


頭を支えるように、
俺は両手で髪をグシャリと掴んだ。

俯いた俺には、
砂利の上に自分の影が出来て。

「…くそっ…、」

視界が悪くなるのは、
頭を下に向けているせいにした。

苦しくて、
目を閉じても。

「お前ばっかじゃねェかよ…、」

紅涙ばかりが目に浮かんだ。

「…もう、忘れるんだ。」

終わったことは、忘れるんだ。

「アイツのことは、…忘れる。」

誓うように一人で口にした。

それが、
ここから去ったお前のため。


「お前の…ため…。」


そう思えば忘れられそうな気がした。

お前のためだと思えば、
黒い影が薄れた気がした。

「…、」
「副長!」
"買って来ましたぁ!"

向こうから山崎が走って来て、俺に煙草を渡した。

その煙草を受け取って、
俺は胸ポケットから煙草を取り出した。

「あァァァァ!!!」
「ンだよ、煩ェな。」

山崎が俺の煙草を指さして声を上げた。
俺はそれを横目に煙草を1本取り出して火を点けた。

「煙草!あったんじゃないですかァァァ!!」
「あァ?あるに決まってんだろ。」
「えェェェェェェ?!」
"何?!何この人!"

俺は一吸いして、


「…さてと。」


立ち上がった。
山崎は半泣きの目で俺を見て「今度は何ですか?」と言った。


「見廻り行くか。」
"新しい出会いでも探して"


そう言って伸びをした。

山崎は「え?!」とまた声を上げた。
俺は後ろ手に「行くぞ」と声を掛けた。


俺は、
忘れるさ。

お前のために。

忘れてみせる。

いつかまでに。

どこかの道で、
お前に会っても引き止めねェように。

いつもの俺で、「よォ」とか言ってやるよ。

だからもう、
これからは、


泣かないでほしい。


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