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追想の街


土方さんと別れて、
真選組も辞める。

「仕事…、探さなきゃ…。」

近藤さんは思いのほか、ハッきりと私に言ってくれた。

『紅涙ちゃん、それは本気かい?』

世間の常識を破った私が悪いのだ。

私情で、
簡単に辞めるなんて口にするような。

私が、悪い。

『はい…、』
『そう…、理由は?』
『…今の私は…真選組にとって足手まといです。』
『それは俺が決めることだから。』
"紅涙ちゃんが気にする必要はないよ"

近藤さんは笑ってそう言ったけど、全然笑ってなくて。

『ここで剣を振ることに…自信がなくなりました…。』

みんなと一緒に、
この街を、
真選組を守ることが出来ない。

…私は、

好きな人と、
好きじゃないフリをするのは、

出来ない…。

『…そうか。』
"残念だね"

近藤さんは深い息を吐いた。


『だが今日付けで辞めたいというのは、少々我が侭が過ぎないかい?』

片眉を上げて言う。
私はそれに目を逸らした。

『申し訳ありません…。』
『う〜ん…、まぁうちは企業ってわけでもないから、どうにでも出来るけどさぁ〜。』

人差し指で頬を掻きながら苦笑する。

『世の中では1ヵ月前に申し出るものだしねぇ。』
『はい…、承知してます。』
『…トシには言ったのかい?』
『はい…承諾を得ています。』

近藤さんはまた溜め息をついた。
「こんなことは言いたくないけど、」と言葉を続けて。

『君たちの関係が問題で、仕事を辞めることになったわけじゃないね?』

私はその言葉に息を呑んだ。

『私情で簡単に辞めるなんてことじゃ、社会人として意識改善するべきだと思うけど。』
"そういうわけじゃないんだね?"

近藤さんの目を見ることが出来なかった。

子どもみたいな辞め方をする私が、
大人みたいな嘘を突き通す自信がない。

私は蚊の鳴くような声で『違います』と言った。

『そうか、それならいいんだ。』

近藤さんが笑う。
私は小さな声で『はい』と口にした。

『まぁこんな組織だから、今回のことは通しておくよ。』
"今日付けで退職だ"

あっさり過ぎるほど、
近藤さんは私を笑って見送った。

いつもなら女々しいほどに引き止めて聞いてくれるのに。


「なぁ〜んてね…。」
"甘えてるなぁ、私"

片肘を突いて団子を口にした。
店のおじさんがそんな私を見て笑った。

「何だい、早雨さん。悩み事かい?」
「はは、そんなとこです。」

屯所から少し歩いた先の団子屋。

ここは、
よく来た場所。

「あれかい?恋患いってやつかい?」
「ん…、違いますよ。」

上手く笑えているかが分からない。
私は誤魔化すように残りの団子を口に頬張った。

「そりゃそーだなぁ!土方さんっちゅう立派な方がいるんだもんなぁ!」

おじさんはガハガハ笑った。

「別れたんです」とか「もう恋人じゃないです」とか、
まだ否定する余裕はなくて。

私は愛想笑いしか出来なかった。

だからせめて、
これだけは言っておこう。

ここへ来た思い出に、
今までとは違うと境界線を引くために。

「おじさん、」
「ん〜?何だい?」

私のお茶を煎れながら、優しく私に微笑んでくれる。

「私ね、」

そのお茶を受け取って。
両手で湯飲みを挟んだ。

「真選組…、辞めたんです。」
「え?!」

おじさんは心底驚いた顔で私を見た。
私は「辞めちゃいました」と困ったように笑った。

「ありゃぁ…、そうかい…。」
「はい…。これからは…普通の女の子です。」

笑いながらそんなことを言えば、
おじさんは暫く驚いた顔をしたままだったけど、すぐにいつものように微笑んでくれた。

「そうかいそうかい、お疲れさんでしたなぁ。」

おじさんはうんうんと頷いてくれた。

「今まで…、ありがとうございました。」
"私、ここのお団子で結構助けられてました"

辛いとき、
疲れたとき、
楽しいとき、
幸せだったとき。

「色んなときにお団子、食べたんですよ」と微笑めば、おじさんは嬉しそうに笑った。

この席に座っただけで、
どんな時だったかが思い浮かぶ。

まるで、
つい最近だったかのように目に映る。

あるはずのない煙の匂いがした気がして。

「それじゃ、私はこれで。」

ここに長くは居れない。

立ち上がって財布を出した私に、おじさんは「早雨さん、」と声を掛けた。

「今日は退職祝いってことで。」

私の財布を持つ手を押すようにして顔を横に振った。

「そんな…、悪いです!」
「いいんだって!今まで贔屓にしてくれたお礼だよ。」

その言葉に、私は「ありがとうございます」と頭を下げた。

「その代わり、これからも贔屓にしてくださいよ!」

おじさんの声に、私は愛想笑いをして店を出た。


ここには、
しばらくは来ることは出来ない。

この商店街も、
このスーパーも。

まだ今の私には、あまりにも苦しい。

「早く…、何か夢中になるものを…。」

私の頭が、
あなたのことを良い思い出に出来るように。

そう思うのに、

この街から出れない私は、なんて弱いのだろう。


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