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一人ぼっち


屯所を出て、団子屋を出て。
家のない私が行く場所なんてなくて。

「実家…、江戸にあれば良かったのにな…。」

生憎、私の実家は随分と離れた場所にあって。

お陰様で、
まず私がしなければいけないことは家探しということになる。

とは言っても、
不動産屋さんなんて行ったこともない。

「見ても…分かんないなぁ…。」

不動産屋の前に張り出されている物件を見ても、広さと間取りと金額しか分からない。

「選び方すら分かんないよ…。」

中に入って聞けばいい話だが、ここは歌舞伎町。

誰彼なしに信用することは出来ない不思議な街。
騙されたくなかったら、自分が勉強すべき街。

「もうちょっと他も見てみよ…。」

溜め息と一緒に物件のチラシから顔を上げた時、


「紅涙さァァァァァん!!」


大きな声で私の名前が聞こえた。
振り向けば、そこには手を振って必死に走ってくる、

「山崎君…?」

紛れまもなく、真選組の隊服を着た山崎君だ。

何だろう…、
忘れモノ…してたかな…。

私が1人でそう考えている間に、山崎君は私の前まで来て息を切らした。

「はぁはぁ、っ良かったっ!間に合って…っ!」
「忘れモノとか…してました?」
"ちゃんと見て来たと思ったんだけどな"

私が苦笑すれば、
山崎君は「違いますよ」と額に汗を滲ませて笑った。

ふぅと吐いて、息を落ち着かせた。

「紅涙さん、まだ家って決めちゃったりしてませんよね?」
「え…、う、うん。」
「実はですねェ、僕…お願いがありまして…。」
「"お願い"?」

山崎君は「そうなんです」と言った。

「僕、真選組に入るまでは1人暮らししてたんです。」
「そう…なんだ。」
「それも、そこ分譲マンションで。」
"僕、その部屋を買っちゃってるんですよね"

何?
何のお願いだろう。

「でも真選組に入ったんで、使わなくなった部屋を友人に貸してたんです。けど、つい最近にその友人が引越しちゃいまして。」
「は、はぁ。」

意図がつかめない私は曖昧な返事をして山崎君の話を聞いた。

「それでですね、その部屋…。紅涙さん、使っていただけませんか?」
「…え?!」
「もちろん家賃なんて取りません!光熱費だって払います!何もお金は必要ないんで、とにかく住んでいただけるだけでいいんです!」

山崎君はさっきの私みたいに苦笑して「すみません」と言った。

いや…、すみませんと言うか…、

「い、いいんですか?」
「はい!」

山崎君は頭をブンブンと縦に振った。

「でも…、どうしてそこまでして…。」

家賃も、光熱費も必要ないって…。
普通じゃ考えられない。

山崎君は縦に振っていた顔を、今度は横に振って。

「せっかく買った僕の家、腐るのは悲しいんで。」
"ほら、人が住まないと家は腐るって言うじゃないですか"

微笑む山崎君は本当に良心的で。

「だけど…、何だか悪いよ…。」
「何言ってるんですか!僕の家を頼めるのなんて紅涙さんだからっすよ!」
「う、うん…。」
「紅涙さんが住んでくれないと、あの家腐っちゃうんスよ!?」
「そう…だね…。」

そこまで言ってくれるのなら、

「じゃぁ…住ませてもらおうかな…。」

「ありがとう」と頭を下げれば、
山崎君は「それはこっちのセリフっすよ!!」と慌てて私に言った。

「じゃァ早速ですけど、家、紹介するんで!」

山崎君は私の前を歩いて「こっちです」と足取り軽く歩いた。

ツイてるな、私。
これで当面の家が出来た。

山崎君に感謝、しなきゃ。


テクテクと、
歩く道は先ほど歩いて来た道。

テクテクと、
歩く足が止まったのは、

「…え?」

"冗談やめてよ、山崎君"
そう頭にあったのに、言葉にはならなかった。

その場所は、あまりにも私の言葉を失わせた。

だって…、
ここは…、


「屯…所…?」


さっき出てきたばかりの真選組の屯所。
その裏門にあたる場所。

唖然とする私の前で、
山崎君は「あ〜、すみません」と謝罪を感じさせない笑顔で謝った。

そして顔を横に振った。

「違います、さすがにここじゃありませんよ。」

その山崎君の声とともに、肩の力が抜けた。
あからさまな私を見た山崎君が声を出して笑う。

「出たばかりの屯所に連れていくわけないじゃないですかぁ。」
「…そう…ですよね…。」

山崎君は「やだなぁ〜」と言って、私たちの右側を指差した。

「僕の部屋はあれです。」
"あのマンションの中"

指先を辿れば、外観の綺麗な大きなマンション。

「こんな綺麗なとこ…?」
「そうですよ!屯所の近くなんで治安もいいって、人気の土地なんですよ。」
"紅涙さんには逆ですけどね"

苦笑する山崎君に、私も同じように苦笑した。

オートロックのロビー。
重厚な造り。

部屋の中も、恐ろしく綺麗だった。

まるで、

「本当に…住んでたの…?」

新築。
誰かが住んだ跡なんてない。

「そうっすよ!僕はすぐに真選組が決まっちゃったんで長く住んでませんけど、友人は2年ぐらい住んでました。」
「2年…。」

それを欠片も感じさせない。
綺麗にクリーニングされたってこと?
壁紙も張り替えたとか?

「いいでしょ?ほら、ここの窓を開ければ屯所とか丸見えっすよ。」


山崎さんが窓の傍まで歩いて、ガラリと開けた。
私は同じように山崎さんと窓辺に立って、外を覗き見た。

そこには青くよく晴れた空と、
それを境に横へ広がる屯所の建物。

「ほんとだ…、」
「でしょ?大丈夫なんですかねぇ、こんな丸見えで。」
"このマンションから暗殺とか出来ちゃいますよね"

山崎さんが笑った。
私も小さく笑った。

「あ、ほら!あれ、局長ですよ!」

廊下を歩く近藤さんの姿も見える。

さっきまで居た場所なのに、
全くの関係ない場所になってしまったんだって。

こんなところから覗き見て、ようやく現実を感じられた気がした。

もう私が足を踏み入れることのない敷地。

楽しそうに笑う山崎さんを横に、
私は本当の他人のように感じて。

私という存在が、
誰との関係もなくなってしまって。

一人ぼっちだった。


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