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煙
「それじゃ、僕はそろそろ戻りますね!」
山崎君は鍵を私に手渡した。
私は「本当にありがとう」ともう一度頭を下げた。
「長くはお世話にならないようにするから。」
"自立しなきゃね"
困った顔で笑えば、山崎君は「何言ってんですか!」と口を曲げた。
「俺はここに住めないんで、紅涙さんには長く居ていただかないと!」
「でも…、」
私がまた言葉を濁せば、山崎さんは「そうだ!」と言った。
「じゃぁ俺がいつか出世して、屯所で寝泊りしなくてもよくなるまで!」
「え?」
「それまではよろしくお願いします!」
今度は山崎君が頭を下げた。
「じゃ、じゃぁ光熱費と水道代だけでも払うから。」
"なんか悪いよ"
頭を下げる山崎君の肩を持ち上げるように持ってそう話せば、山崎君は「何言ってんすか!」とまた口を曲げた。
「いいんですって!ほんとに!」
「だけどそれは私個人が使った分っていうわけだし…。」
「でもここに住んでもらってるわけだから、それで全然いいんですよ!」
"それにもうこっちで支払うように、自動引き落とし組んじゃってますんで"
山崎君は"してやったり"という顔をして、フフンと鼻を鳴らした。
「でっ、でも良くないよ!だって家賃までタダなのに…、」
「ほんと大丈夫ですから!」
何度も言う私に、
山崎君は後ろ手に片手を上げて話を切るように玄関まで歩いた。
「それじゃ、何かあったらいつでも言ってくださいね!」
"すぐそこだし"
靴を履いて、山崎君が笑った。
私は「うん」と返事をして、またお礼を言った。
山崎君は顔を横に振って、
「こちらこそです」と言って玄関を出て行った。
見送りをした私は、部屋をぐるりと見渡して。
「本当に…綺麗な部屋だ…。」
何度も部屋の状態に言葉を吐いた。
どこを見ても、
どこに触れても。
塵ひとつない綺麗な部屋。
それどころか、
真新しい冷蔵庫や洗濯機、
テレビなどの電化製品はもちろん、
布団こそはないもののベッドの土台まである。
まるで入居者を知っていて、
それ以前に全て掃除されたかのように。
「すごい…助かる。」
至れり尽くせり。
まさにその言葉だ。
「とりあえず…、生活用品だけ買わないとね。」
私は日用品と布団を早速買いに行くことにした。
そして、
これから私の新しい日が始まる。
この場所から、
私だけの時間。
と言っても、
私の生活は2、3日も経たないうちに、暇を持て余すようになった。
一気に買い揃えた日用品、
普段着用の着物も纏め買いしたお陰で、他に街を歩く理由もない。
かと言って、
職探しをしていても、そう毎日新しい募集が掛かるわけもない。
屯所に居た頃は、
毎日を仕事で終えていた時間。
「1日って…、こんなに長かったんだ…。」
付けっぱなしのテレビ。
ベッドの上で足と手を投げ出して寝転べば、疲れもしないのに眠くなる。
「時間…、勿体無い使い方してるな…。」
随分と増えた独り言を、
目を瞑りながら声にした時、
---ドゴォォン!!
「っ?!」
何か爆発したような音がして、私はベッドの上で飛び起きた。
「な、何?!何かすごい音が外から…、」
聞こえた方へ歩き、その窓を開けた。
するとそこには、
「あ…、そっか…。」
屯所の中からモクモク出る煙。
そうだ、ここ。
屯所の裏側だったんだ。
さっきの爆発は、沖田君か。
そう思った時、
「テメェ殺す気かコラァァァァ!!!」
その怒声に、私の胸が止まった。
煙の中からするその声。
胸が掻き乱されて、
無意識に息が上がる。
「…、」
見たくないのに、足が動かない。
目を逸らしたいのに、頭が付いてこない。
煙はやがて、
風に乗って姿を消した。
そこで立つのは、
「っ…、」
やっぱり土方さんで。
居なくなった沖田君に一人で文句でも言ってるのか、咥え煙草で服の汚れを掃っていた。
「…っ…、ダメだ…、」
薄れない気持ちは、色ばかりを強めて。
音を立てて縮む心臓が痛い。
「窓…、っ閉めなくちゃ…、ダメだ…。」
口に出るのに、手が動かない。
目はずっと、土方さんを捉えて放さない。
「早くっ…閉めなくちゃ…っ」
袖を払い終わった土方さんが、口に咥えていた煙草の灰を落とす。
再び煙草を口に咥えて、
先ほど上がった煙とは比べ物にならないぐらい小さな煙を立たせる。
そしてこちらに背中を向けた。
まだ日は浅いのに、
ずっと顔を見ていない錯覚。
一気に甦る想い。
いっそ、
忘れてしまえればどれほど楽か。
どうしようもない自分。
込み上げる涙に唇を噛み締めた時、
「っ…!」
土方さんが、
こちらに振り向いた。
息が止まった。
私の周りから、音は消えていた。
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