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差し込む影


その後、
私は追いかけるように土方さんの背中に付いていった。

巡回も兼ねて少し遠回りをして帰る屯所までの道。

少し先を歩く土方さんは、
いつもの白く透けた煙と歩いている。

私より高い身長。
大きな背中。

「遅ェぞ。」

高くはない声。

「おい、聞いてんのか?」

鋭い口調に、鋭い目。

「紅涙!」
「聞いてます!」
「ったく。」

土方さんの右上に、傾いた夕日が添えられて。

「眩しいです、土方さん。」

本当に。
眩しい人だと思った。

「ンだよ、それ。」
「ふふ、」

一人笑う私に土方さんは呆れた溜め息を零して、

「ころころ変わるヤツだな、お前は。」

そう言って、
煙草を一吸いして、


「ったくよォ。」

吐き出す煙とともに、小さく笑った。

優しい夕日。
愛しい夕方。

温かい時間だった。

だけど、


「そこの二人。」


それは神様がくれた最期の時間で。

「そこの黒い服を着た二人。」

その道は、

この前の巡回も、
その前の巡回でも通らなかった道で。

偶然通ったこの道をどうして歩いてしまったのか。

「何だよ、お前。」
「ほー、これはまた。」

どうして足を止めてしまったのか。

「お前ら、まだそんなことをしておったか。」
「あァ?何言ってんだ、テメェは。」
「土方さん…、知り合いですか?」
「知るか、こんなジジィ。」

どうして。

「あれほど忠告したと言うのに。」
「…紅涙、コイツは放っておけ。変なヤツには関わんな。」
「え、でも…」

私がそこで土方さんの言葉に従い、
この人の話に耳を傾けなければ。

「もう一度だけ言うてやろう。」

その言葉を聞かなければ、


「別れよ、今すぐに。」


今頃はどうしてたのだろうか。

「なっ…、何言ってるんですか…?」
"初対面でそんなこと…"

私はあまりの言葉に動揺した。
土方さんが「いい加減にしろ」と低い声で言ってくれるまで。

普通ではありえないほど、
私の心臓がドクドクと音を立てて。

まるで体中に脈があるかのような錯覚に陥っていた。

「分からずやに、これほどまで言うてやっているではないか。いい加減、老いぼれの言うことを信じなさい。」
「さっきから黙って聞いてりゃァ適当なことばっかほざきやがって。いい加減にするのはテメェだ、ジジィ。」

土方さんは分かりやすいほど、ドスの効いた声で言った。
だけど、お爺さんはフっと笑った。
土方さんに慄くどころか、上から見下ろすように。

「愚か者よ、」

お爺さんが吐いたその言葉に、土方さんの眉間がキツく寄せられる。
一般市民相手とはいえ、抜刀しかねない気を放って。

「何度もそうなっておる今があるのに、お前らには学ぶことを知らんのだな。」
"ほんに哀れよ"

小さく溜め息混じりに言ったお爺さんに向かって、土方さんが「おい」と言い近付いた。

「黙れ、ジジィ。」
「全く…。何も変わらんな、お前は。」

土方さんも、私も。
何も知らないこの人が私たちを知っている風に話す。

気味が悪いのは、土方さんも同じで。
何より知っているこの話し振りが土方さんを刺激して。

キツく眉間の皺が寄ったままだった。

「クソジジィ…、いい加減にしやがら」
「キャァァ!いたよ、ここ!」

黄色い声に振り向けば、たくさんの女の子がこちらを指差して走って来る。

するとお爺さんが「見つかってしまったか」と言った。
私も土方さんも、ただ呆然と走ってくる彼女達を見ていた。

「お爺さん探したんだよ!」
「早く私の占ってよ〜!!」

キャッキャと集まってくる女の子で、
あっという間にお爺さんは私たちから見えなくなってしまった。

「ンだよ、ただの占いジジィかよ。」
"イラついて損した"

土方さんは胸ポケットから煙草を出して火を点けた。
ふぅぅと細く長い煙を吐き出して、「紅涙」と呼んだ。

「帰ェるぞ。」
「…はい。」

「これで最後だ。」

人混みに背を向けた時、
またあのお爺さんの声が聞こえた。


「お前らは三度目の出会い。次はない。」
"それを覚えておれ"


土方さんは「クソジジィ」と呟いて無視をした。
私は土方さんの背中に付いていった。

「タチの悪ィ占い師だな。今度見かけたらしょっぴィてやらァ。」
「そう…ですね。」


私は土方さんのように"ただの占いジジィ"で済ますことが出来なかった。

何かが私の中に引っかかってしまって。

「…ンだよ、またかよ。」
「え…?」
「その面。」

その引っかかったものを、
私が黙って見えないフリしていれば。

「気にすんなよ、いちいち。」
「…、…はい。」

私たちはどうなってたんだろうか。
また別の道が、開けていたんだろうか。

ただ分かるのは、

その日の夕方は、
確実に私たちを照らしていた。


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