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傷のイタミ


「こんな格好で薄暗いとこ来て、何してんのや?」

男は喉で笑って私の耳元へ顔を近づけた。

それだけで、鳥肌が立った。
急な恐さが身を駆けた。

だけど、
今ここで恐れれば、何も出来なくなる。

私は目を瞑って眉間に皺を寄せて、自分の感情に顔を振った。

「まさか俺らを探してココまで来てくれたんかァ?」

"俺ら"
それは、どういうこと?

「それやったら、楽しませたらなアカンなぁ。」

男が至極楽しそうに笑みを零した時、一瞬の気の緩みが見えた。

私は唯一自由の効く足で脛を蹴った。

「グァッ!!」

男はふいに手を放し、私に蹴られた脛を押さえた。
そしてすぐに顔を上げて私を睨む。

「このクソ女ァァァ!女だと思って甘くみてりゃこんなことしやがって!!」
「悪いけど、私はただの女じゃないから。」

男が怒りに目を赤くして跪く様子を見下げながら、髪を払って男に言った。

「殺してやらァァァァ!!」


目の前の男が立ち上がって、懐に隠していた小刀を取り出した。

ギラリと光る小刀は、特殊な両刃になっている。
そこに歯を曇らせる赤い曇り。

あれは…、血?

「あなた…さっきの通り魔…?」
「何を今更言うてんのや、恐なったんか?姉ちゃん。」

私が取り押さえる予定だったのはスリの方。
まぁ、どんな形にせよ、

「まさか。都合が良かったよ。」

より害のある方を取り押さえられるというわけだ。

擦り切れそうなほど歯を噛む男に私は笑って、自分の左腰に手を当てて刀を探した。

そこで、
気付いた。

「ッ…!」

今の私に、刀はない。

「どうした、姉ちゃん。アンタから来やんのやったら、俺から行くで。」

男が勝ち誇った顔で笑みを見せた。
私は刀無しで男を取り押さえる方法を、頭が壊れそうなほど考えた。

でも、やっぱり着物が邪魔をして。
何の行動も、私には勝ち目がなかった。

男が私を見据えるように、私も男を見据えたその時。


「おうおう、何してんのや。」

私の後ろで、また違う男の声がした。
そして目の前にいる男は「遅いやないか!」とその男に声を上げた。

「お前がチンタラしてる間に、変な女が来てもうたんや!」

私の後ろの男が「ほぉ」と物珍しそうな声を出した。

「まぁこんな着物着た女や、しれてるやろ。」

そう言うなり、私の足首に酷い激痛が走った。
声を上げる間もなく、私はその場に崩れた。

「後ろ、ガラ空きやで。姉ちゃん。」

私の足首を掬うように蹴った男が笑う。
もう一人の男も笑って小刀を直した。

そして私に近寄って、

「このクソ女、調子乗りやがって!」

ドスッという音が本当に相応しい。

男が突き上げるように、私の鳩尾(みぞおち)を蹴りつけた。
二度三度と蹴られれば、頭は朦朧として喉の奥も痛くなる。

私の口は大きく開き、
逆流した唾液が吐き出され、地面に伏せこんだ。

「まぁ待てや。傷もんにする前に、女やし使いモンになるやろ。」
「それもそォやなぁ〜。」

その声が聞こえた後、男が私の顎を掴んだ。

私は朦朧とする頭で、
必死に特徴を掴もうと男の顔に目を凝らした。

「おい、この女…。どっかで見たことないか?」
「言われて見れば…、…あぁ!真選組におった女や!!」

"こいつ見たことある!"

一人の男が私を指さしていた。
顎を掴んだままの男が私を蔑んで笑った。

「武装警察や言うて偉そうな真選組が、えらい格好になってしもてるなぁ姉ちゃん。」
"真選組も大したことないんやな"

私は蹴られた余韻の引きずる身体で、顔を横に振った。

「違…う、」
「あぁ?何やて?」
「真選…組じゃ…ない…。」
「アホが。紅一点で唯でさえ目立つ存在が誤魔化せると思てんのか。」

"残念やけど、俺らはそんなアホやないわ"

顎を掴んでいた男が、ニィと優しく笑って右腕を振り上げた。
その瞬間、ガッと頬に酷い痛み。

「ッ!!」
「あ〜ぁ。口の中、切ってしもたんちゃう?」
"こいつ、血ぃ出るわ"

男は「汚ぁ」と言って私を地面に付き放した。

痛い。
傷付くことは、
こんなにも、痛い。

よく考えれば私、
真選組としての生活で、特に怪我をした記憶がない。

それはどうして?

それは…、
私はいつも…。

いつも…、

土方さんが、守っていてくれたから。


「…土方…さ…ん…。」


会いたい。

土方さんに。

何もしてくれなくてもいい。
私は何も望まないから。

ただ、


会いたいよ。


「…土…方さ…ん…、」
「おいおい、とうとう夢見てもぉたんやないかぁ?」

遠くで「しっかりせぇやぁ、姉ちゃん」と男の声がして、私の頬に何度も痛みを感じた。

笑い声と、耳鳴りがする。

意識は、
そこで、

真っ白になった。


次に目が覚めたのは、誰かの声がしたから。

「紅涙さん、大丈夫ですかねェ…。」

心配そうに出されるその声は、私を安心させた。

あぁ、
もう痛みのない場所だ。
もう少し眠ろう。

そう思ったのに、


「さァな。」


もう一人のその冷たい言葉が、


「生きてりゃ、どうでもいい。」


その低い声で私の額に触れ、
胸が焼けそうなその言葉が。

私の目を、

開かせた。


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