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時の言伝


もし。
もし、この遠征に上手く紛れ込むことが出来れば、


『死別する。』


私は、死ぬかもしれない。

ううん、
私は、もうこの場所に戻ってこない気がする。

だけど、
私が死ねば、彼は苦しむ。

止めようとした輪廻を、また繰り返させてしまう。

それでも。

同じ刀を振るえる私が、
何の力も成し得ずに彼を死なせることなんて。

私には到底できない。

私がいる限りは、
彼がまた戦陣を切れるようにしてあげたいと思う。

それに、

「…、死なせたり…しませんよ。」

私より先に死んで欲しくない。
私を残してほしくないから。

「私より先に…、死なせたり…絶対に…、」

その理由は恐ろしいほどに自己中心的。

きっといつだって、
私は死を望んで受け入れたのだ。

問題はそれを彼に伝えなかったこと。

土方さんに、
私はこうなることを望んだのだと微笑んであげれば、
きっと何かが変わる。

私に死が見えた時、
笑って土方さんに言ってあげる。

止まってしまいそうなその背中を、

私が、押してあげます。


「近藤さん、」

言われた通り、近藤さんは食堂に居た。
私を見た近藤さんは驚いた顔をして「あぁそうか!」と笑った。

「今日はトシに会いに来る日だって、山崎が言ってたな。」
「…近藤さん、」
「なんだい?」
「今夜…、西へ向かわれるそうですね。」
「…どうしてそれを?」
「…沖田君に。」

近藤さんは沈黙の後、
僅かに張り詰めた空気を抜くかのように息を吐いた。

「今回は少し面倒な相手でな、結構な移動をすることになる。」
「…近藤さんも…行くんですか?」
「いや、今回も俺は留守番さ。」

近藤さんは苦笑して、「トシがここを守れと煩くてな」と言った。
それほどまでの戦いになるのかと悟った。

土方さんは頭である近藤さんを城に残し、
自らを切り捨て駒として飛び込むつもりだ。

相手は沖田君の言っていた、"前回に接触のあった攘夷浪士"。

あの晦の夜、
土方さんが斬られた相手だ。

どうやってそんな緊迫した場所へ紛れさせてもらう?
皆と同じように隊士として肩は並ばせてくれないだろう。

それなら医療班?
いや、辞めた人間がそう簡単に…。

私が黙り込んでいると、近藤さんの「それに、」と続く言葉が聞こえた。


「紅涙ちゃんのお守りも頼まれててね。」


私はその言葉に耳を疑った。
近藤さんは微笑んだ。

「あのマンションに住んでる限り、うちが責任を持って紅涙君を守るよ。」
「わっ私はそんなこと望んでなんか」
「これはトシの頼みだからね。」

土方さんは、
どこまで優しいんだろう。

どこまで先を見据えているんだろう。

どうして、
自分のことは後回しにしてしまう人なんだろう。

私は、
あなた自信を大切にしてほしい。

だから。

「近藤さん…、」
「ん?」
「場所は…どの辺なんですか?」
「何の?」
「今夜の…合戦の場所です。」

紛れられないのなら、
後から合流すればいい。

「どうして知りたいんだい?」
「…。」

近藤さんに怪しまれることは分かってた。

なのに私はとっさの嘘も用意してなかった。
逃げるように、私は机に目を移した。

「紅涙ちゃん、」
「…はい…。」

ガチャガチャと、
少し離れた炊事場で洗い物をする音が聞こえる。

近藤さんはお茶を飲んで、「そうだなぁ…、」と一人呟いた。


「今日はここに泊まりなさい。」


私はその言葉に顔を上げた。
そしてすぐに顔を横に振った。

「かっ帰ります!」

ここに居ては自由がきかない。
紛れることなんて、到底出来なくなる。

「駄目だ、帰すわけにはいかない。」
「どうしてですか!」
「こんなに前の見えていない子を帰して、夜な夜な当てもなく歩き回られては俺がトシに怒られるからね。」

笑みを作る近藤さんに、私は唇を噛んだ。

全て、お見通しだ。

「だが見送りには出てもらはない。」

「えっ…?」
「トシが紅涙君を見て驚くかもしれないだろう?」
"動揺したまま発てば、武運を左右してしまうかもしれない"

近藤さんは「紅涙君は帰ったということにしておこう」と言った。

「紅涙君の部屋はまだ直せていなくてね、あの部屋は前のままだからそこで出ていくまで身を潜めててもらえるか?」

私はその言葉に黙って頷いた。

「いいかい?くれぐれも、勝手な行動はしないように。」
「…分かっています。」
「今は辛いかもしれないけど、その時は力を貸すからね。」

近藤さんは私に優しく笑って、「それじゃぁ」と言って食堂を後にした。


最後の言葉は気になったけど、
「紅涙さん!」と慌しく入ってきた山崎君の声に消えた。

「あっあのすみませんでした!!」
「え…?」
「なんか…、副長…また酷いこと言ったんですよね?!」
"沖田隊長が言ってました"

山崎君は悲壮な様子で私を見て、また頭を下げた。

「俺っ、俺そんなつもりでここに呼んだんじゃないのにっ、」
「山崎君、大丈夫だから。」
「でもすごい泣いてたって、」
「…それは…、傷ついたとか、そういう涙じゃないから。」

"大丈夫"
山崎君の肩を持って、「顔あげて?」と声を掛けた。

渋々、山崎君は顔を上げて、
「そうなんですか…?」と心配そうに聞いた。
私はそれに微笑んで頷いた。

「とても…良いお話が出来たから。」
「ほっほんとですか?!ヨリ、戻るんですか?!」
「はは…、そういうわけじゃないんだけどね。」

私の言葉に肩を落とす山崎君に苦笑して、

「また、…土方さんを好きになっちゃったけど。」

告白するかのように山崎君に言った。

「だから、私…あと少しだけ頑張るね。」
"自分と…土方さんのために"

山崎君は目を丸くして、
少しの沈黙の後に「あっありがとうございます!」と頭を下げた。

そう言う山崎君はきっと私の話した意図を汲み取れてはいないけど、私は「ご迷惑をお掛けしました」と頭を下げた。

山崎君は慌てて私の肩を持って「やめてくださいよ!」と慌てた。

「君には力を借りてばかりだったね。」
"私も、土方さんも"

困ったように笑えば、山崎君は「え…」と顔色を変えた。

「何ですか、紅涙さん…。まるでもう終わったみたいな言い方…。」
「え?そう…だった?」
「はい…、え…、ヨリは戻ってないんですよね?」

"山崎君は本当に人の話をよく聞いてるんだなぁ"なんて、

動揺する彼を見ながら感心していた。

私は山崎君に「戻ってないよ」と言って、「ありがとう」と言った。


今まで、
ありがとう。


「やっやめてくださいよ!この雰囲気、何か変ですよ!!」
「そうかな…?」
「そうですよ!何か…お別れみたいっすよ…。」
「はは…そんなこと、ないよ。」
「そうですよね…、こんな時に縁起の悪い話ですよね…。」

山崎君はそう言った後にハッと自分の口元を手で押さえた。

「また止められてたこと、勝手に言っちゃいました」と口元を引き攣らせる。

私は苦笑して、
「知ってるから、大丈夫」と言った。

「それじゃぁ山崎君。遠征、頑張ってね。くれぐれも…怪我のないように。」
「はいっ!ありがとうございます!」

山崎君はビシッと立ちなおして敬礼した。
私はそれに笑った。

「あ、そうだ。山崎君、」
「何ですか?」
「あのね…、」

私は少し俯いて、

「私…、幸せだよ。」
「え…?」

顔を上げて、山崎君に笑った。


「私、土方さんと出会えて…っすごく幸せだよ。」


私の言葉を紡げば、溢れた気持ちが涙になった。

山崎君は困惑した顔をして。
それでも私は彼に言った。

もし、

土方さんがどうしようもなくなってしまった時、
土方さんが進めていた足を動かせなくなった時、

私が、言えない時。

山崎君が、言ってあげて。


今のこと、思い出して。

土方さんに言ってあげて。


「幸せ…っ…だったから…っ…、」


私はこんなにも幸せだったと。


「私はっ…どんな土方さんでもっ…大好き…っ」
「紅涙さん…、どうしたんですか…、ほんとに…。」

山崎君は心配そうに私の肩を持って覗き込んでくれた。

私は目を雑に拭いて、山崎君に向かって笑った。

「ごめん、これだけ言いたかったんだ。」
「紅涙さん…、」
「それじゃ、ね。」

最後までごめんね、山崎君。

君には本当に、
たくさん架け橋をしてもらったよ。


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