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優先順位


今すぐに、ここを飛び出したかった。

すぐそこにいる土方さんの前に立ちたかった。

溶け込んでしまいそうなほど、
抱き締めて。

"行かないで"って言って、
きっとあなたを離しはしないのに。

…なんて。

そんなこと、やっぱり出来ないのが現実で。

いっそ、
理性も現実的な考えも、
何もなければ真っ直ぐに生きれたのに、なんて。

叶わないことを願っては、胸を握り締める。

口をまた堅く閉じた時、


「…これで…、良かったんだよな…。」

静かな部屋に、
土方さんの声が響いた。

「俺には…この生き方しか出来ねェ…。」

誰に話しかけているわけでもなく、
その声は自分自身と話しているようで。

「これが…、俺も…お前も…幸せになれる、」

声にして言い聞かせているようで。


「…最期の…方法だ。」


見えない土方さんの姿が、
目の前にハッキリと見えた気がした。

"最期"

土方さんは、
全てを振り切って、ただ我武者羅に戦場を走る。

死を恐れず、
生にこだわる暇もなく。

"最期"

だからその言葉が聞こえた時、
後悔があることは容易に感じ取れた。

最期なんて言葉、
未練がある言葉以外の何物でもない。


「お前と…逢えて良かった。」


"出逢わなければ良かった"なんて思う私は、

綺麗過ぎる彼には醜い。

それなのに私は、誰よりも幸せ者だ。

「じゃァ…な。」

咽る喉を隠すように、私は目の前にあった布団へ顔を埋めた。

土方さんの足音は遠くなって。
部屋の障子は閉められた。

私は泣いた。
声を出して。

土方さんを想って。

私たちを想って。

何もかも、
枯れてしまえばと期待して、

泣いたのに。

どれだけ泣いても、悲しくて。


時間だけが、確実に過ぎていった。




「……ちゃん、」

遠くで声が聞こえて、

「…ん、紅涙ちゃん、」

その声がハッキリした時、目を開けた。

「あ…れ…、近藤さん?」

目の前には近藤さんが私を覗き込んでいて。
にこりと笑って「おはよう」と言われた。

「私…、…寝ちゃってたんですね…、」

近藤さんは「あぁ」と優しく言って、頭を撫でてくれた。
その仕草の理由が分からなくて、見上げて首を傾げれば、

「みんな、無事に行ったよ。」
「そ…ですか…、」
「もう出てきてもいいよ。」

近藤さんの手を借りて、私は狭い押入れから出る。

「紅涙ちゃん、」

私の前に立つ近藤さんが、顔を向けないで私を呼んだ。
「はい…」と返事をすれば、「あの時は、」と近藤さんが話す。

「あの食堂で話していた時は、君の力になってあげるつもりだったんだ。」
「…え?」
「遠征先を…、教えるつもりだった。」

近藤さんは私に背を向けたままで。

「だけど紅涙ちゃん、君には…やっぱりここで待機してもらうよ。」
「こっ近藤さん…?」

近藤さんが私の方へ向きなおし、困ったように笑む。
私はその笑みに顔を振った。

「私、帰ります。」

やっぱりここに居ちゃ駄目だ。
私は行かなければならない。

その場所に。

土方さんの傍に。

「駄目だ、帰すわけにはいかない。」

近藤さんも同じように顔を横に振った。
私はその言葉に何も返事をせず、「失礼します」と足を進めた。

「待ちなさい。」

近藤さんが私の腕を掴んだ。

「放してください、近藤さん。」
「それは出来ない。」
「っ…、もし…、もしお妙さんが帰ってこられないような場所に行ってしまったら、」
「紅涙ちゃん?」

私は近藤さんの方へ思いっきり振り返り、

「どうにかしてでもその場所へ行こうって、お妙さんを守ろうって、近藤さんなら思わないんですか?!」

睨み叫んだ。

比較すべきことじゃないのは分かってる。
そういう問題の話じゃないってことだって。

だけど、

「どうしてもっ…、行きたいんですっ…!」

どうしても。


「私に出来ることがあるならっ…、全てを尽くしてから諦めたいんですっ!」


やれることをやって、
それでどうしようもないことならば。

私は全てから諦めるから。

それまでは、どうか。

「放してっ…くださいっ…、」

私を行かせてほしい。

「紅涙ちゃん…。こうなることは予想できていたんだが…仕方ないか。」

近藤さんは浅い溜め息をついた。
私がそれに怪訝な顔をしたのと同時に、ドンと項に衝撃が走った。

「ッ…、近、藤さ…、」

振り返ることも出来ず、
目の前に立つ近藤さんの姿を見た。

霞みゆく意識の中で近藤さんは「ごめんな、」と言って、


「トシとの約束…、果たしたいんだ。」


どことなく悲しいその声を最後に、私は目を閉じた。


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