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待つことの成長


目を覚ました時は酷かった。

節々を痛く感じれば、不自由な状態だった。
つまりは動かないように固定されている。

真っ暗な視界は、
いつまでも目を開けていない感覚だった。

「ここ…どこ…?」

光ひとつない部屋。
音ひとつない部屋。

唯一残る嗅覚を働かせる。

「…ここ…、」

湿っぽい、埃っぽい臭い。
ここは…そうだ。

「納屋…?」

信じられない。
近藤さんは私を閉じ込めたのだ。

近藤さんは私を信用していないということだ。

「…そりゃ…、そっか。」

あれだけ必至だったんだ。
私はきっと、
あのまま自由にされていれば駈け出してしまっていた。

誰のことも考えず、
ただ私が土方さんを守りたいためだけに。

そこで何かあれば…、うぅん。
そこでたとえ私が土方さんを守って死を受け入れても、

土方さんは喜ばないし、
自分を責めてしまうに決まってる。

次こそは幸せにと願って、何世にも渡って私の元へ来てくれたのに。


何も変わらず、私は次の私へと道を繋げてしまう。

「そう…、何も…変わらないまま…。」

せめて。
せめて何かを変えて次へ歩きたい。

それが土方さん達の望んだ形でなくても。

何か、私なりに違うものを。


違う輪廻の形を。


---ガタンッ

「紅涙ちゃん、」

木製の古い扉がゆっくりと開いて、近藤さんの声がした。
差し込む光は眩しくなくて。

それはつまり。

もう、夜。

「気がついた?」
「…。」

私は近藤さんに返事をしなかった。
近藤さんには感謝してる。
私が暴れる前に、止めてくれたんだから。

でも。
素直には…、まだなれなくて。

「ご飯、持って来たんだけど。」

近藤さんは困った顔をして、控えめな笑みを見せた。

「手、解くよ。」
"食べるだろ?"

そう言って、
持っていたお盆を傍にあった荷物の上に置き、私の手首に巻きつけられた縄を解く。

片方の縄が解けて、
もうひとつの縄も解けようとした時、


「すまなかったな…、紅涙ちゃん。」

本当に申し訳なさそうな声を近藤さんが口にした。

「女の子に…、こんな手荒な真似を…。」

外れた縄を床に捨て、
近藤さんは私の元へご飯を持って来てくれる。

机の代わりに荷物を台にして、「食べられる?」と聞いてくれた。

私は無言で箸を手に持ち、
おかずを摘まもうと動かせば、軽い音を鳴らして箸が地面へ転がった。

それを見た近藤さんが「あっ!」と声を小さく上げて。

「ごめんよ、そうだよな!手、動かしにくいのに俺ってば箸持ってきちまったよ。」
"すぐに持ちやすいもんに代えてくるから"

近藤さんはまた困ったように笑って頭を掻いた。

優しすぎた。
近藤さんは優しすぎて、私を弱くさせる。

寂しく、させる。
甘えていいんだよ、って言ってくれてるみたいで。

悲しくなる。

「近藤さんっ、」

立ち上がって、
その扉から出て行こうとする近藤さんに声を掛けた。

近藤さんは少しだけ間を空けて、「どうしたんだい?」と振り返って笑ってくれた。

「…近藤さん、…、」
「ん?」
「…、もう少しっ…ここに居てください、」
「紅涙ちゃん?」

近藤さんは「大丈夫だよ、すぐに戻ってくる」と言った。
私は顔を横に振った。

「お箸…、いいから。っ、ここに、いてくださいっ、」

自分の声に驚いた。
掠れて、あまりにも弱々しい声。

目を逸らすように、
私は目の前にあるお盆の上に並べられたご飯を見た。

「よ〜し、分かった!」

近藤さんは扉の前で私の名前をもう一度呟いて明るい声でそう言った。

私の前に置かれたお盆に影が出来て、

「でもどうやって飯食うかなァ…、」

私の前に座り、
顎に手を当てて「うーん」と言った。
まるで自分のことのように考えこんでいる姿があった。

それを見てると、自然に泣けてきて。

「あれ?!紅涙ちゃん?!」

動揺する近藤さんを他所に、私は目を手で覆った。
俯き、顔を隠しながらだったけど、

「近藤さんっ、」
「?」

私は、ちゃんと言えた。

「ありがとう、っ、近藤さんっ、」

ここへ私を置いてくれて。
ここで私と一緒に居てくれて。

「ありがとうっ、ござい、ますっ、」
「紅涙ちゃん…、」

近藤さんの「よっこらしょ」という声の後、私の隣に温もりを感じた。

頭を近藤さんの方へ寄せられて、近藤さんは「よしよし」と言った。

「悲しい時はな、紅涙ちゃん。」

近藤さんの胸元。
土方さんみたいに煙草の匂いはしない。

だけど、
土方さんとは違う、大きな、温かさがあった。


「泣けるだけ、泣きなさい。」


近藤さんの手が、私の頭を慰めるように弱く叩く。


「泣ける時間は短い。だからこそ、泣ける時に泣くべきだ。」
"我慢することはないんだよ"


私はその声に辛うじて頷いて、
近藤さんの胸を借りて泣いた。


「紅涙ちゃんのしたいようにしなさい、それが君の人生だろ?」


近藤さんの声は、私に降り注いで。


「それで失敗しても、それで傷ついても、それは君が何かをした証拠になる。」


私の中に、沁み込んでくる。


「ただ自分を捨てるような考えは止めなさい。君が生きるために、したいようにしなさい。」


私の中に、


「その君が見る未来に誰かが居るのなら、そいつも連れってやってくれ。」
"一緒に、生きてやってくれないか"


ぽとりと落ちる。


「もしそれが間違った結果を生んだとしても、俺たちは君を責めたりしないから。」


その言葉は、
魔法のようだった。

土方さんに、逢いたくて…

仕方がなかった。


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