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個々想い


「…。」
「…あ、あの…、」

私はベッドの横に座る土方さんに苦笑した。

「…す、すみません。大事になっちゃって…。」
「傷、痛くねェのかよ。」
「あ、今はそんなに…。」

私の顔を見て、土方さんは心の底から溜息をついた。


あの後、
私はすぐに病院へ運ばれた。

緊急手術後、
私は麻酔が切れたと同時に目を覚ました。

状態は重傷ではあるものの、搬送が早かったおかげで命に別状はないという結果。

「…大したことないみたいだったのに…、大袈裟にしてすみません…。」

土方さんは私の言葉に顔を横に振った。

「大袈裟なんかじゃねェ。それに、これは大事だ。」
"だからそんな言い方すんな"

私はその声に、
「ありがとうございます」と蚊の鳴くような声で言った。

正直、
目を覚ました時は驚いた。

自分がどうしてここにいるのかが分からなかった。

ただ、

「紅涙…?」


ジッと天井を見ていた時、土方さんの声がして。

「…お前…大丈夫か?」

重い頭をそちらに向けようとせずとも、土方さんが視界に映った。

覗き込むようにして、私を見下げる土方さんの顔。

「土方…さん…?」

どうしてここに?
そう言おうとした自分を止めた。

あぁ、そうだ。
私はあの時、そうなったからここに居る。

同時に、


「私…、生きてるん…ですね…、」


自分が生きているということを知った。

土方さんは「当たり前ェだろーが」と小さく笑って、「心配掛けやがって」と椅子に座った。


『死別』


私の頭には、その言葉が浮かんでいた。

現に私は生きてる。

これで…、
輪廻を覆したということなのか…?

それとも…、
私じゃないということなのか…?

もしくは…。

「ちょっと近藤さんらに連絡してくるわ。」

その声にハッとして、私は「待って、」と声を掛けていた。

土方さんは立ち上がったところで、
私に振り返り「どうした?」と首を傾げた。

「あ…、いえ…。何も…。」

引き止めるつもりはなかったのに。
私は土方さんから目を逸らして、「い、行ってきてください」と言った。

だけどギシッと椅子の軋む音がして。
それに顔を上げれば、土方さんは元のように椅子に座っていた。

「あの…、連絡は…、」
「やっぱ後にする。」
"アイツら来たら、また煩ェだけだからな"

ふぅと細く息を吐いて、土方さんは携帯を置いた。

彼が優しいのは、知ってる。

失った時、
それを感じ取った時から。

私はそれに唇を閉じて、こっそり微笑んだ。
だけど土方さんの顔には眉間の皺が濃く浮かぶ。

そして、
「…あの時、」と言った。

「あの時、俺は油断していた。」
"いや、…ずっと…なのかもしれない"

私を斬りつけた男は、
根っからの攘夷派だったことが明らかになった。

つまりは、この遠征に紛れ込んでいたのだという。
それも初めから。

「見抜けなかったのは…、俺のミスだ。」

土方さんは悔やむように眉間の皺を濃くさせた。

「お前を…巻き込んじまって…、」

苛立ちを抑えるように、土方さんは自分の額に手を当てた。
その目元も疲れているように感じる。

私の伸ばしかけた手は、腹部の痛みに負けて。

土方さんの悔やむその心に、届かなかった。

痛みから気を逸らすように細く息を吐いた時、それは視界の端に映った。

「…土方さん、」
「ん?」

個室の壁に沿うように並べられた3つの椅子。
そこの1つに置かれた土方さんの上着。

「私…どれぐらい眠ってましたか?」
「1日ぐれェじゃねーか?」

中庭でしか吸えない煙草が、寂しそうに窓際に置かれている。

その横には、先ほど置いた携帯電話。

「その間も…、」

壁に立てかけられた刀。
赤黒く汚れたままの、土方さんが着ている白いシャツ。

それはつまり。


「ずっと…付いててくれたんですか…?」


一度も、屯所へ戻っていない証拠。
私を病院へ連れてきてくれてから、ずっと。

土方さんはここに居て、
私の傍に、居てくれたんですか?

「…俺のことは気にすんな。」

私の視線から逸らした土方さんは、「あ、」と声を上げた。

「悪ィ。俺、汚ェな。」

自分の服を見ながら土方さんは言った。
私は顔を横に振った。

「…ありがとう…ございます。」
「…。」

それは、とても在り来たりな言葉だったけど。

「ありがとうございます…、土方さん…。」

私は、その声が震えるほど嬉しかった。
土方さんは少し黙って「あァ」と返事をしてくれた。


私は、生きていて。
土方さんも、生きている。


それは、
輪廻を覆したということなのか…?

それとも…、
私じゃない土方さんに起こることなのか…?


もしくは…、


まだ、終わっていないということなのか。


その時の私は、
目の前にいる人への愛しさで、

全てが長い夢だったようにさえ感じていた。


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