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明と暗


私の傷は、順調な回復を見せた。

「よォ。」
「お疲れ様です、土方さん。」

見舞いにくるほどでもないのに、土方さんは1日も欠かさずに病室へ来てくれた。

いつかに、
「忙しいだろうから」と見舞いを断ったのに、土方さんは「分かった」とだけ返事だけをして。

「傷は?」
「はい、もう完全に塞がりました!」

今日みたいに、
次の日からも変わりなく訪れてくれた。

私は「歩き回れるぐらいですよ!」と笑えば、土方さんは「そうか」と言って満足そうな顔を見せてくれた。

「後はもう退院許可待ちです。」
「そうだな。」

土方さんはそう言って、窓の外を見た。
その後ろ髪を見て『土方さんの髪も伸びたな』なんて思った。

気づけば、
こうしている間に私たちの関係は改善されていた。

毎日顔を合わし、
毎日会話する。

そう、
まるで。

私たちは、過去の関係に戻ったようで。

罪なことだけど、
傷でこうして過ごす生活に、少しだけ感謝していた。


だけど。
それから数週間経っても、

「私、もう元気なのにまだ病院にいていいのかな。」

私は同じ病室にいた。
中庭で煙草を吸う土方さんの隣で、そう言って笑った。

傷の痕は残ったものの、完治して。
痛みも何もない。

ただ問診と、体温などの軽い検診だけ。

「入院代も馬鹿になりませんよね。」

個室な上に、長期滞在だ。
今は真撰組が立て替えてくれてるけど、恐ろしい金額を請求されるに決まってる。

だけど土方さんは「いや、」と静かに顔を横に振って。

「金のことはいい。」
「え…?」

私が小首を傾げれば、

「金は俺が払うから。」

そう言った。
私はすぐに「駄目ですよ!」と声を上げた。

「すっすぐには無理かもしれませんけど…、私っ、頑張って払いますから!」
「いらねェよ。」
「でもっ」
「頼むから、」

土方さんの言葉に、私の言葉は止められた。


「頼むから…、俺に払わせてくれ。」


どこまでも"責任"を感じる土方さんに、

「…、…はい。」

私は頷いて、「ありがとうございます」と言った。

土方さんの手に持たれた煙草の煙が揺れる。

流されそうになった私の髪を耳元で押さえれば、土方さんと目が合った。

「お前、」
「はい?」
「髪、伸びたな。」

毛先を見て目を細める土方さんに、

「…私も、」
「?」
「私も土方さんの髪、伸びたなぁって思ってました。」

"同じですね"と笑って言えば、
土方さんはフッと小さく笑って「そうか」と言った。

煙草は灰皿に押し付けられて。

「部屋、戻るか。」

土方さんが立ち上がって私を見下げた時、


「トシ〜!紅涙ちゃ〜ん!!」


聞き慣れた、元気な声がした。
土方さんはその声の方を向き、「あの人、何やってんだ」と呟いた。

私もその方を見れば、
随分とまた痛々しい格好をして、抱えきれないほどの花束を持っていた。

「こ、近藤さん…?」
「紅涙ちゃん!元気そうで何よりだ!あ、これ。」
"お見舞いの花"

近藤さんですら抱えきれないほどの花を、私に手渡してくれた。

目も、鼻も、何もかもが花に隠れてしまう。

「ぁ、ありがとうございます。」

私の声すらも、その花に塞がれて篭った声になった。
近藤さんは嬉しそうにガハガハと笑う。

「いいのいいの!女の子のお部屋には花がなくっちゃな!!」
"どーせトシは何も持って来ないんだろう?"

どうにか近藤さんの顔を見ようと、花を持ち直した時、

「悪かったな、近藤さん。期待はずれで。」

土方さんがその花束を持ってくれた。
私は取り上げられた花を見て、土方さんを見上げた。

「え?!何?トシ、花持って来たの?!」

近藤さんは土方さんと私に目を移した。
私はその姿に笑って、「はい、」と言った。

「お部屋に飾ってますよ、お花。」

土方さんが花を買って来てくれた時は、私も驚いた。

思わず立ち上がって「水入れてきます!」と言えば、

土方さんは「バカ、お前は病人だろォが。俺がしてくる。」と部屋を出て行ったからもっと驚いた。

それは3日に1度、必ずしてくれた。。
花が枯れる姿を、私は見たことがなかった。

怪我が回復し、
走り回れるほど元気な今も、同じ間隔で持ってきてくれる。


「えェェェェ?!トシがァァ?!トシが花屋ァァァァ?!」
「…煩ェよ、近藤さん。」

土方さんは大きい花束を担ぎなおして、「行くぞ」と先に歩いた。

私たちもそれに促されるように歩けば、近藤さんは「ね、ほんとに?」と私に耳打ちする。

「ほんとですよ、そりゃ近藤さんほどの花束じゃありませんけどね。」

近藤さんに耳打ちして、私はニコリと笑った。

「あまり冷やかすと、土方さん買って来てくれなくなっちゃうんで。」
"シーですよ"

私は近藤さんに人差し指を唇に当てて見せた。
近藤さんは「そうだな」と笑った。

「何コソコソ言ってんだ、ほら早く戻るぞ。」
"検診の時間だろォが"

少し前を歩く花に囲まれた土方さんの声に、私と近藤さんは仲良く返事をして。

楽しい気分で、病室へ戻った。


なのに。

「おぉ、いらっしゃってたんですか。近藤さん、土方さん。」

私の病室の前で待っていたのは担当医で。

近藤さんは「これはこれは!」と言って頭を下げた。
土方さんも「お世話になってます」と頭を下げる。

私は担当医に声を掛けた。

「どうしたんですか、先生。」
「いや、ちょっと話があってね。近藤さん達がいたんなら丁度いいな。」

担当医は近藤さん達に「ちょっといいですか、」と待合室のソファーを指さして言った。

近藤さんは「えぇ、もちろんです!」と明るい声を出して頷いた。
土方さんは首を傾げる私の背中を押して「部屋戻るぞ」と言った。

「あぁすみません、出来れば土方さんも一緒にお願いできますか。」

私と病室へ戻ろうとする土方さんを担当医が呼び止めた。
土方さんは「…分かりました」と低い声で言った。

「…じゃぁ私も」
「早雨さんにもちゃんと後で話しますから、先に病室で検温しててください。」

担当医は私の後ろに立つ看護師を呼んで、土方さんの持っていた花束を持たせた。

「頼んだぞ」と言って預け、
近藤さん達に向って「それでは」と待合室へ促した。

ぞろぞろと三人が待合室へ歩いていく中、土方さんが私に振り返る。

「ンな顔すんな、どーせ退院の話だろ。」
"大したことねーよ"

フンと鼻で笑って、土方さんは私に背中を向けた。

私はどこか、落ち着かなかった。

退院の話って…何?
先に当人以外の場所ですることある?

一体…、
何の話…?


「早雨さーん、早く入ってください。検温しますよー。」


病室から顔を出す看護師に、私は「はい」と返事をした。


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