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緩い結び目


「おはようございます、土方さん。」
「はよ。」

それからも、
変わりなく土方さんは訪れてくれる。

私の1日の始まりは、
検診なんかよりも先に来てくれる土方さんで始まる。

「今日も、ありがとうございます。」
「…ンだよ、改まりやがって。」

どこか腑に落ちない土方さんに、私は小さく笑って見せる。

私は、
笑って過ごしたいと感じた。

どんなことがあってもいいように、笑って過ごしたいと思った。

そして同時に、
土方さんにも笑ってて欲しかった。

口に出して笑ってくれなくたっていい。
その中にある気持ちが、笑ってくれていればそれでいい。

あの盗み見した苦しそうな表情を、二度とさせたくはないと思った。

だから、

感謝した気持はすぐに伝えて、
募った気持は言葉にしようと思った。

たとえそれが、
自己満足だと気づいても。

全てが終わった後なら、幸せだ。


「おい、食えよ。」
「んぅ…、ちょっと食欲が…。」
「マヨネーズ掛けるか?」
「掛けないです。」
「チッ。」

あの時に盗み聞きをした通り、本当に検査の数は増えた。
時には食欲がなくなるほど。

私は間近くで肩肘を付いて見られている視線に「あのぉ、」と声を掛けた。

「何だ。」
「病院食…、私あまり好きじゃないんですよね。」
「栄養重視だからな、仕方ねェよ。ほら、マヨネーズ掛けて食えって。食いやすくなるから。」
「矛盾してません?!」
「チッ。」

土方さんは持っていたマヨネーズをしまい込んで、「旨いのに」と呟いた。
私はそれに小さく笑って、

「中庭、行きませんか?」

ご飯の乗った机を寄せて、ベッドから足を出した。

「あァ?駄目に決まってんだろ、これ食ってからにしろ。」
「ご飯、売店で買いましょう?」
「はァ?!」
「だってそっちの方が美味しいし。土方さんも一緒に食べられるでしょ?」
「い、いや、そりゃそーだがよ、」

土方さんの言葉を聞くまでもなく、
私は羽織を手にとって「早く早く」と促した。

渋々に立ち上がった土方さんは、
先ほど私が寄せたお盆を手にとって「今日だけだからな」と言った。

そのまま土方さんが手にしていたお盆は回収用のワゴンに乗せられて。
私は土方さんの隣を歩いて売店を目指した。

「大丈夫か?」
「へ?」
「その…歩くの、苦しかったりしねェのか?」
「ははは、やだなぁ土方さん。この前だって一緒に中庭に行ったじゃないですか。」

そうだ、
あの時は近藤さんが中庭に来ましたよね。

いっぱいの、
抱えきれないお花を持って。

土方さんと比べ物にならない量だったし、嬉しい気持ちも変わりないのに、

やっぱり土方さんが持ってきてくれるお花が一番綺麗だと思うんですよ。

「辛くなったらすぐに言えよ。」
「大丈夫ですよ、もぉ心配症ですね。」
「ンなことねェよ!」

恥ずかしそうに少し前を歩く土方さん。

私たちは、すっかり元に戻った。
あの頃が嘘のように。

だけど雰囲気が、元の状態と変わった。

土方さんが、分かりやすくなった。
優しくなった気がする。

「…、やっぱり、」
「あァ?」
「やっぱり、…ちょっと苦しいです。」

気のせいなのかな。
ほんとはずっと、土方さんは優しかったのかな。

「くっ苦しいってどこがだ?!おい、部屋に戻」
「ううん、土方さん。」

私は土方さんの手を掴んで、微笑んで見せた。

「手、繋いでくれてるだけでいいんです。」
「ンなこと言ってる場合かよ!ほら早く看護師を」
「土方さん、ほんとに大丈夫。」

ずっと、
気付かなくて、ごめんなさい。


「ありがとうございます…、土方さん。」


ずっと、

ありがとうございます。


「紅涙…?お前ほんとに」
「売店、行きましょう?」
「…、あぁ…。」

繋がれた手は、私の方が力強くて。

手を離してしまえば、
本当に離れてしまいそうで怖かった。

もう、
土方さんの傍には帰ってこれないほど、

離れてしまいそうで、恐かった。


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