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また、明日


面会時間が終わる頃。

「…もうこんな時間か。」

土方さんは決まってそのセリフを言った。

「時間…経つの早いですね。」

土方さんは毎朝来てくれて、昼間は仕事に抜ける。
そしてまた夕方にこうして来てくれる。

面会時間が終わるまで。

「帰るか。」

まるで私も連れて帰ってくれるかのような言葉を吐いて、土方さんは立ち上がる。

もちろん、
それは私に言った言葉なんかじゃなく。

「また明日な、紅涙。」
「…。」

土方さんは「しっかり寝ろよ」なんて、
子どもを寝かしつけるように私の頭を叩いた。

「…土方さん、」
「何だ?」

最近、私はそれが苦しい。
土方さんの背中を見送るのが、寂しくて仕方ない。

「どうした?」

夜が長くて仕方ない。
明日が待てない。

「…、」
「紅涙?」

一人で居ると、息が苦しくなる。


「…、か…帰らないで…。」



きっと。
これはただ人恋しくなってるだけだ。

「…紅涙…、」
「…、ぅっ嘘です!ははは、ちょっと弱いふりしてみました!」

私は驚いた様子の土方さんに笑った。

「すみません、引き止めちゃって!それじゃ、また明日お待ちしてます!」
「…。」

立ち止まって、
帰りにくそうにしている土方さんに私は苦笑して。

「嘘ですから!ね、ほら。早く帰らないと出入り口閉まっちゃいますから。」
"早く早く!"

私はベッドから出て、土方さんの背中を押した。

「紅涙、」
「あっ、看護師さんが巡回してますよ!」
「…、」
「怒られる前にほら早く!」

何か話そうとする土方さんを無理矢理に押して、廊下まで出した。

「それじゃ土方さん、気をつけてくださいね!」
「…あァ。」
「また…明日に!」
「…、あァ…。また明日…。」

足を動かさない土方さんを置いて、私は扉を閉めた。
そのままベッドまで歩いて、布団に潜る。

「…。」

土方さんが困るのは目に見えて分かってた。
土方さんが居た堪れなくなるのは、分かってた。

なのに、

「言っちゃ…ダメだよね…。」

『帰らないで』

期待なんて、してたわけじゃない。
できることじゃないんだから。

「ごめん…なさい、土方さん…。」

だけど口にしたかった。
溢れ出した。

…甘えてるんだ。

もっと寂しかった時があったじゃないか、
もっと人恋しい時があったじゃないか。

今の私は、
甘えられる場所に、ただ甘えてるだけ。

「…そうだ、落ち着かなくちゃ…。」

冷静に、
今を捉えなければ。

「冷静に…、ッ!!」

息を吐いて、深く吸い込んだ時。
まるで吸い込んだものを吐くように、息が苦しくなった。

「ッぐ、っ…、」

思うように、息を吸えない。
無理に息を吸い込もうとすれば、余計に苦しい。

それでも体は空気を欲している。

「だ、っ…じょ、ぶ…ッ…、」

大丈夫。
今苦しいのは、寂しいからだ。

寂しくて、胸が苦しいだけだ。

だから、

「ッ、ち、っが…ぅッ…、」

病気のせいなんかじゃない。

大丈夫よ、私の体。

「もぅ…っ言わない、っから…。」

明日からは、
もういつもの私だから。

「まだッ…、ッ…」

まだ大丈夫。
私はまだ、

笑えるはず。


次の日も。
土方さんは面会時間の終わりとともに腰を上げた。

今日も私は土方さんと笑って過ごした。
楽しかった。

「それじゃぁ土方さん、また明日に!」

笑って言う私を、土方さんは黙って頷いた。
小さくだけ笑って、「じゃぁな」と言う。

やはり昨日のことが気に掛かっているようで。

それを消すのは、
私がこれからも笑うことだと思うから。

「お仕事、頑張ってくださいね!」

私は必要以上の笑みで背中を見送る。

張り付いた笑顔は、ドアを閉めて剥がれる。

「…、」

一人になった部屋と、暗い夜。
何もしなければ、嫌なことばかりを考えてしまう。

「…寝よ。」

どうしてか、眠くもないのに体がダルい。
消える電気を見ながら、私は目を瞑った。

何も考えなければ苦しくないはず。
何も思わなければ苦しくないはず。

昨日の痛みもなく、
目を瞑って寝転がれていることを安心していれば、いつの間にか意識を手放していた。

起きるのは明日。
明るい、明日。

…そう、思っていたのに。

「ッ!っハ、ッ」

上から踏みつけられているかのような息苦しさ。

同じだ。
昨日と同じ。

目を瞑って、
息苦しさに布団を握りしめれば、

「ぐ、っ…」

私の冷たくなる手に重なるような温かい熱を感じた。

「紅涙っ!」

夜には有り得ない声が聞こえる。

あぁそうか。
もう朝なのか。

私はダルい瞼を恐る恐る開ければ、


「紅涙!!」

案の定、土方さんが心配そうな顔をして見ていた。

「土ッ、か…っさん、」
「待ってろ!今呼んだからすぐ来る!!」

そう言って必死に握りしめてくれる手。

温かいな、
なんて頭は冷静に思う。

「しん、っぱぃ、ッ」
「もう喋んな!」
「ッ、心配っ、しな…ぃッで、」

私の言葉を聞き取った土方さんが、驚いた顔をした後、眉間に皺を寄せた。


「馬鹿野郎っ!」


私以上に苦しそうな土方さんの顔。

ツツッと首に何かが流れる。
土方さんは傍にあったタオルで私の首を拭いた。

あぁ、汗。
私そんなに汗掻いてるんだ。

その時に、
私の視界の端に映った暗さが目を引いた。

苦しさを思いながら、ほんの少し顔を横に向けた時、

「ど…、ッしてっ、」

外はまだ、暗い。

「どッして、ッ」
「喋んなって言ってんだろ、紅涙!」

どうしてココに居るの?

まだ夜だよ、土方さん。
まだ、明日じゃないのに。

どうしてココに居るんだろう。

私は静かになった頭の中に溜め息を吐くように、意識を手放した。


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