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糸電話


また発作に襲われた夜。
土方さんは手を握ってくれていた。

目を覚ました時、
土方さんはいなかったけど、

「優しいわね、彼。」

看護師さんが私に微笑んで話してくれた。


心配だから、泊まらせてくれ。

だけどアイツのことだから、
どうか俺が泊まることは言わないでほしい。


「本当に心配そうな顔してたわよ。」
"早く退院しなくっちゃね"


私は看護師さんから聞いたことに、うまく頭が回らなかった。

嬉しくて、
耳がカッとする。

恥ずかしいような、そんな感じがした。

だから、

「彼、先生と話してるから、あと少しで戻ってくるわ。」

土方さんがこの部屋へ戻って来た時は、
「ありがとう」って笑って言おうと思った。

心配掛けてごめんなさい、って。
私は大丈夫だから、って。

なのに、

土方さんは。


「…、…話が…ある…。」


まるで泣き出してしまうのではないかと思うほど、弱い声を出した。

「土方…さん?」
「…、」

私の作っていた笑顔は、張り付いたまま。
土方さんはベッドの傍で座ろうともしなかった。

「どうしたんです?座ってくださいよ。」

嫌な予感がする。
頭よりも先に、心が震えていた。

それでも私は笑って土方さんを見ていた。

笑っていなければ、
私まで壊れてしまいそうだった。

今までが、今度こそ泡になってしまいそうだった。

「…、紅涙…、」

笑んだ私の目から逸らすように、土方さんは苦しそうに眉間に皺を寄せた。

「…土方さ」
「すまない。」

私の言葉を遮るように、土方さんの声が被さる。

それと同時に土方さんは、

「やっやめてください、土方さん!何やってるんですか!!」

私に向って、頭を下げた。
慌てて近寄って、土方さんの肩を揺する。
だけど土方さんは、一向に顔を上げようとはせず、

「俺は…お前ばかりをっ…、傷つけて、」


噛み切ってしまいそうな声を漏らす。
私は土方さんの肩を掴み、上体を起こそうとするが動かない。

その時に、全てが確信に変わった。

あぁ、私たちは。
とうとうこの場所に来てしまったんだ。

定められた時間軸と、
対峙しなければいけないところに、来てしまった。

そして私は。
私の時間は。

もう、長くはないのだと。

身体が、
私にそう言った。

それでも。

それでも私は、
知らないふりをする。

「いっいきなり何言ってるんですか、」
「いつだって…今しか見ねェで…、」
「土方さん!」

だって、

だって…。

いつまでも知らなければ、
笑って過ごせるじゃないですか。

「…、今が良ければと…目ェばっか背けて…、」

悲しいことを、
悲しいままに知らなければいけないんですか…?

何も考えずに笑って、
ずっと笑い合って。

それじゃ、ダメなんですか…?

「お前にっ…言わなきゃならねェことだって…ずっと…、言えねェままでっ…、」

土方さん、

土方さん…、


やっぱり私たち、

間違ってたのかな…。


「紅涙っ…、お前は」
「土方さん、」
「っ…、」


私は土方さんの口に人差し指を押し付けた。

驚いた顔で私を捉えるその眼は、少し赤くて。


「…言わなくても、いいです、」
「…、紅涙…?」


揺れる土方さんの瞳に、私は微笑む。


「土方さんが言わなかった、言えなかったこと。私は知りたくないですよ?」


ますます大きくなるその眼。
私は彼の唇から指を離して、「だから教えないで」と言った。


「それを言ってしまうことは、…土方さんも、…苦しいでしょう?」
"私も、…苦しいです"


笑っていたいのに。

言葉を紡ぐほど、
喉が苦しい。

笑って話さなきゃいけないのに。

視界が、滲む。


「お前…、っまさか、…気づいて」


土方さんの声に、私は困ったように微笑んだ。

否定は、しない。
これが、先で土方さんの蟠りにならないように。

だけど肯定もしない。
今が、少しでも苦しくないために。

少しでも、
悲しくないために。

だから土方さん…、そんな顔、しないで。

「…我が儘、言っていいですか…?」

私の、我が儘。
聞いてくれますか?


「今日、…ずっと一緒に…居て、ください…、っ…、」


そう言った時、
堪えていた涙が流れた。

慌てて拭おうとした時にはもう、煙草臭い視界に包まれていた。

「紅涙っ…、」
「っ…、土方さんっ…、」

ねぇ土方さん。

私たちは、
こんな悲しいことを、繰り返していたのかな。

つらいね、
苦しい、ね。

こんなに悲しいのなら、

もう…、

私たちで終わりに、

しようね…。


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