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時間作り


すぐに、土方さんは電話をした。
中庭で電話をすると言ったので、私もそれに付いて行った。

いつもなら「すぐに終わるから待ってろ」とか言われるけど、

「私も行きます、」

そう言って笑んだ私を、土方さんはジッと見て。

「あァ、一緒に来い。」

同じように笑んで、私の手を引いた。

人前で手なんて繋いだことがなくて、私はその背中を見ながらただ驚いた。

しっかりと繋がれたその手は、
確実に今、私と土方さんを繋いでいて。

「…ありがとう、」

聞こえないように、土方さんの背中に囁いた。


辿り着いた中庭。

「あァ俺だ、近藤さん。今日は戻らねェから。」

土方さんはベンチに腰を掛けて、私のすぐ隣で話す。
手に持たれた煙草が、ゆらゆら煙を揺らして上る。

『えぇ?!何?!何かあったのか!?』

携帯電話から、近藤さんの動揺する声が聞こえる。

大き過ぎるその声に、
土方さんは携帯を少し離して険しい顔をした。

それに私が笑えば、

『なんだ、紅涙ちゃんのところに居るのか!』

近藤さんがガハガハ笑ってる。
土方さんは「あァ」と返事をして、私を見て目を細めた。

優しいその笑みに、私もニコりと返す。

「まァそういうわけだからよ。頼んどくわ。」
『あぁ分かった!紅涙ちゃんによろしくな!』
「あァ。」

小さく笑んだ土方さんは、そのまま電話を切った。
懐に携帯電話を直して、手に持たれたままだった煙草を口に付ける。

「大丈夫ですか?仕事。」

煙を吐く土方さんに問えば、「問題ない」と言った。
私は「良かった」と土方さんに笑う。
土方さんも微笑む。

あぁ、
温かい。

温かくて、甘い。
まるで時間が止まったのかと錯覚するほど。

「そうだ、土方さん。」

惑わされてしまう。

私たちは、
このままなのだと。

そんなこと、あるわけないのに。

「どうした?」
「どこかへ…デートしましょう?」


そんなこと、
あるわけないから。

私にある時間を、
土方さんでいっぱいにしたいんです。

…なんて。
そんな悲観的なこと、土方さんに言えるわけないけど。

「あァ?!お前なァ…、」

土方さんは呆れた様子で煙草を灰皿へ押しつける。
私はそれに「大丈夫ですよ」と微笑んだ。

「外出許可、もらいます。」
「もらいますってお前…。そういう意味じゃなくてだな、お前の体が」
「体の状態は今までと何も変わらないんですから、医者だって特にキツく言えませんよ。」

淡々と話す私に、土方さんは呆気に取られて。
随分と渋った後、「分かった」と返事をしてくれた。

「だがな、無茶なことは駄目だ。っつーか連れてかねェ。いいな?」

子どもを説得するような土方さんに笑えば、「笑いごとじゃねェ」と険しい目と共に言われる。

私は素直に「はい」と返事をして立ち上がった。

「そうと決まれば、早速行きましょう!」

厭に元気な私に、
土方さんは「ったく、」と苦笑して立ち上がり、担当医の元へ向かった。


担当医はもちろんのこと、
私の外出を簡単に許可しなかった。

それでも私が土方さんをたたみ掛けたように理屈を並べれば、

「土方さんが居るのなら」と許可を得ることが出来た。

「いいですね?必ず夕方までに戻ること。」
「はい、分かりました。」
「あと、可能であればどこに行くつもりなのか教えておいていただけますか?」
"その方がいざと言う時に手配をするのがスムーズになります"

担当医の言った"いざと言う時"という言葉に、土方さんが少し俯くのを感じた。

私はそれを紛らわすように、
「歌舞伎町です」と明るく声を出した。

「歌舞伎町?んな近場かよ。」

土方さんが私の横で驚いている。
私はそれに向きなおり、「そうですよ」と笑んで見せた。

「それともどこか遠くへ連れてってくれるんですか?」
"土方さんがダメって言ったくせに"

私がニヤりとしながら土方さんに言えば、「駄目ですよ」と担当医が口を挟む。

「とにかく。少しでも体に違和感を感じれば連絡してください。いいですね?」
「はーい。」
「おい、紅涙。お前、真剣に話聞けよ。」

土方さんは私に代わって「すみません」と謝った。

担当医は私たちに苦笑して、
「少しですけど楽しんできてください」と言って送り出してくれた。


歌舞伎町に行きたかった理由。
私と土方さんが居た場所を、もう一度見たかったから。

もう一度、
刻みたかったから。

私ひとりじゃなく、土方さんと二人で。

歩きたかった。


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