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うさぎ


「風が強ェな。」

音を鳴らせて風は去る。
今日の終わりへ向かって、風が吹く。

「…明日も、晴れるかな…。」

終わりは始まりへ繋がる。

陽も、
時間も、

私たちも。

明日に向かう。
明日の次は明後日。
ずっとずっと、そうして続いて行く。

だけど、
だけど私には。

私たちには。

時間はもう、ないのだと。
不思議と身体が教える。

そのために、

「…土方さん、」

私にとっても、
あなたにとっても。

これは嫌な話になるけれど。

「…もし…、」

言っておきたいことが、あるから。

「…もし、ですよ?」
「…。」

私は風に攫われる髪を、耳に掛けた。
土方さんは私の方を向き、怪訝な目をした。

きっと分かってるんだ。

私はそう思い、困ったように小さく笑った。

「もし、ね。…私が…居なくなった時は」
「やめろ。」

土方さんは私の言葉を遮った。

強い力で私の腕を掴み、
「そんな話は必要ねェ」と眉間に皺を寄せた。

私を掴む土方さんの手に触れて、弱く顔を横に振った。

「…もし私が居なくなった時は」
「紅涙!」
「…、聞いて…ください。」

呑み込みたい言葉を、口先に持っていく。

「どうしても…、今。伝えておきたいことがあるんです。」

いつもなら怯んでしまいそうなその瞳に、私は真っ直ぐに伝え返した。
さらに眉間の皺を濃くした土方さんは、「…言えよ」と言った。

私はそれに小さく頷いた。


「私が…居なくなった時は、…、」


伝えなきゃって、思ってた。

ずっと、
考えてたことだから。

土方さんと私が、
苦しめられたのは最期が悪かったからだって。

ちゃんと、終わらせなかったからだって。

そう、思うから。


「…どうか、…私、のことは、」


ちゃんと目を見て、
ちゃんと伝えなきゃって。

思ってたのに。


「…、忘れて…ください。」


言った言葉は、随分と小さくて。

私の視線はいつの間にか、土方さんの握りしめる拳を見ていた。


「…亡き者に…、囚われてほしくは…ありません、」
「…。」
「私は…、土方さんに…幸せに、なってほしい…っ、」


震えそうになった声は、唇を噛んで誤魔化した。

霞む目は、
俯いていたせいで見えなくて良かった。

土方さんは、何も言わなかった。


「次の、いい人を、見つけて、…幸せに…なってくださいっ…、」


これは、本当に願うことだから。
私が、唯一願うことだから。

最期まで私に愛をくれたこの人へ、
どうかこの先は何にも縛られない幸福を。

「…、それだけか?」
「…っえ?」

土方さんの低い声に顔を上げれば、機嫌の悪い顔をして私を見ている。

「言いたいのはそれだけかっつってんだよ。」

私が息を呑んだのと同時に「いいか、」と言われ、強過ぎるほどの力で肩を掴まれた。

「信じるな、紅涙。」
「…え…?」
「今だけを、信じろ。」


私の肩を掴むその手が、さらに少し強くなる。

「確かに…、確かにあの時、お前に"別れろ"と言ったのは俺かもしれねェ。だが違うかもしれねェ。」
「土方さん…、」
「俺の怪我も、お前のことも、全部が偶然に重なっただけかもしれねェ。」

グッと肩を引き寄せられれば、土方さんの胸に倒れこむ。

少しだけ早いその鼓動が、私の鼓膜を揺らした。

「輪廻なんて、見えねェもんを信じるこたァねーよ。」
「…、」
「そんなこと考える必要なんてねェ。」

私の背中に回った腕は、
土方さんの体に埋め込めれてしまうのではないかと思うほど強くて。

「お前はここにいるし、俺ァここにいる。」
「…。」

抱き締められる手は、私の頭を支えるように巻き付いて。
土方さんは私の首元に顔を埋めた。

「生きてんだよ、俺たち。今、一緒に、生きてんだよ。」
「っ…、」
「どこの誰だか分んねェヤツの言葉に囚われんな、お前の前に今いるのが俺だ。」
「土方、さん…、」
「お前は死なねェ。死なせたりしねェ。」

首にかかる熱い息は、どこか弱い声に聞こえて。

「そんな先ばっか見た眼、すんなよっ…、」

私と同じぐらい、壊れそうな土方さんがいて。

「土方さんっ…、」

土方さんの背中に腕を回した。

体いっぱいで抱きしめて、
私の体にあなたの熱を残せるように。

土方さんはさらにギュッと私を体に引っ付けて「…ずっと、」と呟いた。


「…ずっと…、っお前が…、好きだ…、紅涙、」


ドクりと鼓動が高鳴る。

その言葉は、
私に一度も言ってくれなかった言葉。

「こんなことになってからしか…、言えやしねェ…っ、」

風で土方さんの髪が頬を触る。

「…こんなにも…、時間はあったのに…っ」
「っ…、」
「俺は…っ、」

悔しそうな声で声を漏らして、体を離したあなたの眼が。

「…、土方さん…、」

あなたの眼が、

紅くて。

「…っ嬉しい…です…、」

決して涙を零さないその眼に、

私はちゃんと微笑めてる?


「私もっ…、土方さんのこと…、忘れたことなんてっ…なかった、!」

別れはきっと、辛くなる。

それでも。

愛を、囁こう。
愛を、紡ごう。

矛盾しているのは分かってる。


「っ…ぅ、す、き…ッ、好きっだよ、土方さんっ…、」


それでも。

これが、
報われないキスでも。

「…、紅涙っ…、」

泣けないあなたの代わりに、

私がいっぱい泣くよ。


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