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人魚姫のキス


夕日が反射する川辺。

まるで誓いのようなキスをした。

ずっと、一緒だと。
ずっと、傍に居るのだと。

そんな誓いにも似たキスをした。

だからこそ、
切なかった。

「何で泣くんだよ、」と言う土方さんも悲しそうで。

私はそれを見て、

また、泣いた。


「…、ほんと時間経つの、早かったです。」

病院までの帰り道。

土方さんと繋がる手は、
離してくれないのかもしれないと思うほど強くて。

「…土方さんも…、楽しかった…ですか?」

窺い見れば、彼は煙草を吹かしながら私を横目に見る。

何かを言いたげなその眼で少しの沈黙。

そして、
紡いでくれるその言葉。

「…あァ、」
"楽しかった"

私に見せるその硬い笑顔も、

「また…行きましょうね、」
「そうだな…、」

「絶対だ」と私の頭を撫でる手の平も、

「…っ…、はい、絶対、です、」

俯いた私を見て見ぬふりをしてくれたあなたも。

全部、

全部が優しくて。

その繋がれた手を、ギュッと握りなおした。


風は紅い夕日に向かって吹く。

どうか少しでも、
その夕日を私たちから遠ざけて。

少しでも彼との時間を、長く刻ませてほしい。

病院に着くまで、
そんな叶わないことを願ってばかりいた。


「…ここまで、ありがとうございました。」

病室の前で土方さんに礼を言う。

「閉まるまで居るから。」

土方さんは私を押しのけて病室へ入ろうとする。

確かに、閉院時間までしばらくある。

でも。
私はそれを止めた。

「今日は、もう…いいですよ。」
「…。」

機嫌の悪くなる土方さんに、私は苦笑して言った。

「いっぱい歩いて、少し疲れちゃったので。」
"早めに休みますから"

肩の力を抜いて、溜め息をついて見せた。
だけど土方さんは、

「構やしねェよ、勝手に帰る。」

そう言う。


この人はずっと、
確かに何かを感じ取っているに違いない。

私に。

私が何かをするのだと。

いくつもの修羅場を越えてきた彼だから、きっと。

研ぎ澄まされたその直感が、
彼をそうさせているのだろう。

ならば余計に。

「…明日、」
「あァ?"明日"だァ?」
「はい、明日。明日は早く来てくださいよ、」
"今日は、ほんとに眠いから"

私はあなたを帰したい。

頭が、
この夜を怖がっていたから。

今夜、
私の身体に異変が起こるかもしれない。

何も根拠のないことだけど、それを感じる。

「ね?だから今日は。」
「…。」

これはもしかすると、
幾重にも感じた経験のせいなのかもしれない。

「土方さん。」
「…、…分かった。」

輪廻が、
唯一私に与えてくれた、

彼のために出来ることなのかもしれない。

「うん、それじゃ土方さん。また、明日。」
「…、あァ。」

私は笑う。
彼は眉間に皺を寄せる。

「…真選組の皆さんにも、よろしく…言っててくださいね。」

私は微笑む。
彼は険しい顔で短い沈黙とともに私を見る。

その沈黙に、私はまた笑う。
そして「ねぇ土方さん、」とその沈黙を壊した。


「…最後に、…キス…、してもらっていいですか…?」


突拍子もない私の発言に、土方さんはどんなふうに思っただろう。

だけど土方さんはすぐに。

「っ、ん…、」

私の腕を引っ張って、キスをしてくれた。
通りすがりの人が見ていくのも、気にならなかった。

「ぅ、ン、っふぁ、」

深い口づけは、甘いはずなのに。

熱い、はずなのに。

「、紅涙…、」

どうして私たちは、
こんなにも泣きそうなんだろう。


「何度でも、してやる。最後なんかじゃねェ。」


そう言ってくれたあなたの強い眼差し。


「また、明日だからな。紅涙。」


そう言ってくれたあなたの広い背中。




「うん…、また…明日ね、土方さん…。」


ずっと、

忘れないよ。


「っ…、ありがと…、っ土方さんっ…、」


ありがとう、

そして。


「ごめんっ、なさい…、っ…、」


ごめんなさい。

いい方法かどうかなんて分からない。
もう私たちには何一つ残ってないの。

それならば。

どうせ泡になるのならば、

私はひとりでいい。

ひとりだけの、場所がいい。


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