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さいごの夜


おいしいご飯を頂いて、
決して広くはないながらも最高の露天風呂。

ほとんど貸切なものだから、これ以上にない贅沢だ。

「あぁ〜…気持ちぃ〜…、」

風呂の縁に頭を寄りかからせて、空を見上げる。
星がポツポツ出ていて、目を凝らせば一番大きな星が瞬いて見せた。

「今頃…、どうしてるのかな…、」

病院、
きっと大騒ぎだ。

看護師さんがびっくりして、担当医に連絡して。

その後はやっぱり、
土方さんに連絡するのかな…。

「メモとか…残してきた方が良かったのかな。」

探さないでください、とか?
私は大丈夫ですから、とか?

どちらにしても、心配はさせている。

「土方さん…、きっと怒ってるだろうな…。」

何考えてんだアイツ!とか言って、物に当たって。

私のこと、嫌いになる?

「…それで、いいや…、」

嫌いになった方が…いいよね。

私のこと嫌いになって、
馬鹿みたいな女と過ごした時間は無駄だったって。

「…、」

その方が土方さんの未来を、邪魔、しないよね…?

「でも、…苛々したら…煙草…、増えそうだな、」

それは駄目だよ、土方さん。
体、本当に悪くなっちゃうよ。

そしたら土方さんまで、死んじゃうよ…。

「…それは、やだな…、」

やだよ。

「やっぱり…、っ、やだよ…」

土方さん。

やっぱり…、


「っ…私のこと、少しだけっ、…」


あぁあんな奴も居たなって。
無駄な時間を過ごしたのも、悪くなかったって。


「少しだけ…でいいから、忘れないで…っ。」


頭の隅にでも、
覚えておいてほしい。

私はずっと、忘れないから。


土方さんも、

忘れないで…。


部屋に戻れば布団が敷かれていて。

何もしなくても、
いつの間にか時間は経っていて。

気がつけば、もう今日が終わる時間。

「そろそろ、寝なきゃ。」

明日は手伝いをさせてもらおう。

お客さんだからとか言って、させてくれないかな。

「そのためにも、早く寝て…、体力、つけなきゃ…、」

布団に入って目を瞑れば、すぐに深い場所へ引っ張り込まれた。

気持ちのよい深い眠り。
夢も見ず、
ただ暗い場所にいた気がする。

そんなところから、

「っ、ぅぐ、」

息苦しさで、意識が浮いた。

来た。
とうとう。

私を誘う、痛みが。

「ハ、っ、ぅ」

掴んだって意味がないのに、無意識に手は胸元を握る。

苦しい。
前の発作とは比べ物にならないぐらい。

あぁ…、私。

私、


死ぬんだ。


「ぐッ…、」


よくよく考えれば、
宿の人、迷惑だよね。

曰くつきにならないかな、
お客さん来ないようにならないかな。

酸欠になっていく頭とは比べ物にならないぐらい、意識は冷静で。

部屋の外で大きな声がするのを、確かに聞いた。

「入るわよ!」

彼女の声がしても、私は目を向けることも出来なかった。


どこを見ていたんだろう。
ただひたすらに目を閉じて、真っ暗な中で何かを探していた気がする。

「しっかり!しっかりして!!」
「ゥ、っ、」
「目を開けなさい!こっちを見て!!」

そう言われて、私は重い瞼を開けた。
目の前には心配そうに私を見る女将さんの顔。

「心臓が痛いの!?薬は?!」

あぁ、
私は皆ばかり心配させている。

こんな顔ばかり見てきた。

「っ、す、みませッ、」
「そんなこといいから!!待ってて!すぐに救急車呼ぶから!!」
「まっ、て…、ッ…、グっ…!」

呼ばないで。
呼んでももう…、私は…。

彼女の背中はあっという間に消えた。

「っ、ハッ…、」

大袈裟なほど、息をすれば身体が揺れる。

意識がふわふわ。
浮いては沈む。

まるで海に浮かぶ、浮きのように。

『…、…紅涙、』

遠い遠い場所。

私を呼んでくれる人。


『…紅涙…、』


土方…さん…?


『ありがとう…、紅涙。』


口元に笑みを浮かべて、土方さんは私に微笑む。
私と少し離れた場所で。

どうして…?
どうして笑ってくれるの?

どうして"ありがとう"って、言うの…?

私、こんなに酷いことしたんだよ?
私、黙って出ていっちゃったんだよ?


『紅涙…、お前は大丈夫だから。』


何が"大丈夫"なの?

ねぇ土方さん。

もっと、
もっと傍に来て。


『これからは、一緒にいよう。』


そうだね、

一緒に時間を重ねたいよ。
一緒に歳をとりたい。

当たり前のこと、

いっぱい、
いっぱいしたいよ。


『ずっと…、一緒だ。』


私は土方さんの優しい声に、「うん、」と頷いた。

いつか。
私たちがまた生まれ変わって。

また同じ世界で住めたのならば。

すれ違ったとき、
気付くことが出来るかな…?

私たち、
また気付くことが出来るのかな。


『約束だ、紅涙。』
「うん…、」


その時は、
今までの分を、埋めようね。


ずっと、

一緒にいようね。


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