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探しモノ


「トシ、落ち着け。紅涙ちゃんはきっと大丈夫だから。」

近藤さんが俺の肩に触れる。
俺はそれを振り払うようにして「落ち着いてる」と言った。


紅涙が、居なくなった。


俺と出歩いて、
病室までは一緒だった。

服はその着物を着たまま出て行ったらしく、財布もなくなっていた。

だけど携帯は病室へ置いたまま。
後をつけるな、ということなのか。

必要ないと、いうことなのか…。

医者は落ち着き払った様子で「今近くの病院にも連絡しましたから」言った。

「土方さん、気負わないでください。あなたに原因はありません。」

俺のせいだとか、そうじゃないとか。
そんなこと、どうでもいい。

俺のせいでも、構わない。

"久しぶりの街が楽しくて、病院が嫌になったから出て行った"

そうだと言うのなら、俺がいくらでも連れ出してやるから。


『…もし私が居なくなった時は』


お前が居れば、それでいいから。



「トシ、灰が落ちるぞ。」
「…分かってる。」

紅涙のいない病院から出た俺たちは、ひとまず屯所へ戻った。
すぐに手の空いている隊士に捜索指示を出した。

俺も行こうとしたら、近藤さんに止められた。

「今のお前が行って、紅涙ちゃんを探し出せるとは思えない。」

その言葉は俺を苛立たせるのに十分だったが、確かに言われる通りだった。

俺はきっと、見つけるまで止まらない。
脇目も振らず。

何も見えない。
紅涙以外。

見つけられなかったら、自分がどうなるか分からない。

全てを放棄して、
俺は狂ったように紅涙を探すかもしれない。

少し考えれば分かること。

それでも、
ここでじっとしてるなんてこと出来るわけなくて。

「俺達だって紅涙ちゃんが心配だ。だがそれとは比べ物にならないぐらい、トシが紅涙ちゃんを心配しているのは分かってる。」
「なら…行かせてくれ…っ、頼む、近藤さん!」


俺の顔を見た近藤さんは、
険しい顔をしたまま肩が揺れるほど息を吐いた。

「お前を行かせて、帰って来なかったらどうする?真選組はどうなる?」
「っ…、だがよ、今はっ」
「トシは真選組の副長だ。お前が居なくなっては元も子もない。行かせるわけにはいかない。」
"悪いが、これは真選組局長としての命令だ"

近藤さんははっきりと言う。
俺はそれに口を開けて、また瞑った。

あんたまで、何て顔してんだよ。

「分かったよ…、」

そんな顔、すんじゃねェよ。

近藤さんが言わんとしていることは伝わった。

真選組のこと。
紅涙のこと。
俺のことまで心配してらァ。

「近藤さん、」
「おォ、総悟。どうだ。」

捜索をしていた総悟が真剣な顔をして襖を開けた。

「駄目でさァ、隊士を張り巡らせても見つかりやせん。この街には居ねェのかもしれやせんぜ。」

総悟は襖に手を掛けて「だから、」と続けた。

「山崎と街の外、見てきまさァ。車借りやすぜ。」

そう言って、すぐに襖を閉める。
俺は総悟を呼びとめて、

「すまねェが…、頼む。」

頭を下げた。
こいつに頭を下げたのは、過去にあっただろうか。

俺は総悟のつま先を見ながら、そんなことを考えた。

総悟は案の定、
「気持ち悪ィですねィ」と吐き捨てて、

「俺ァ、俺が紅涙に会いたいから探してんでさァ。土方さんのためじゃありやせんよ。」
"自惚れんじゃねェよ、土方コノヤロー"

悪態ついて出て行った。
近藤さんは後ろで「総悟らしいな」と小さく笑った。

あいつも、心配してる。
紅涙を見つけたいのは俺だけじゃねェ。

分かってる。
分かってる…。

俺は自分を落ち着けるように煙草の火を点けた。


それからずっと、
近藤さんは俺を見張るかのように、傍にいた。


何をせずとも、
いつの間にか時間は経つ。

気がつけば、今日も終わろうとする時間。

目立つ報告もなく、夜だけが更けていく。

近藤さんも自室へ戻って、
俺は一人、意味もなく机に向って煙草を吸う。

紅涙は、
今頃どうしてるんだろうか。

どこで、
どんな風に過ごしているんだろうか。

「紅涙…、」

もっと、
話せばよかった。

『髪、伸びたな。』
『私も土方さんの髪、伸びたなぁって思ってました。』

もっと、
手を繋げばよかった。

『行くか。』
『…はい!』

もっと、
お前の名前を呼べばよかった。

『紅涙っ…、』
『っ…、土方さんっ…、』

もっと、

お前と居たかった。

「っ…、クソっ!!」

お前がこんなにも愛しいのに。

俺は。
今まで何をしていたんだろう。

俺は…。

「紅涙っ…、」


お前しか居ないのに。


『土方さんっ、』


聞きてェよ、紅涙。

お前の声、聞きてェ。
お前の笑う顔、見てェんだよ。

もう見れねェとか、

もう聞けねェとか。

冗談じゃねェよ。

会いてェんだ、俺は。


お前に。


「会いてェ…っ」


またお前に、会いたいんだ。


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