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新しい目覚め


静かな意識の中に、
小さな小さな物音がした。

その音で、土方さんの姿が消えた。

何の音だろう。

小さな小さなその物音を気にする私と、
土方さんが行ってしまうと不安になる私が居る。

そんな私に、土方さんの声が響く。


『紅涙…、生きてくれ…、俺と。』
"帰ってやってくれ、俺の傍に"


生きる…?
生きて…いいの?

土方さんと、生きていいの…?


コトり。


また音が鳴る。

何の音だろう。
そう思って、目を開けた。


「…、」

目を開けて一番に飛び込んできたのは白い天井。
どうやら病院のようで。

でも私の知らない病室。

「おっおい!」

視界の端でゴソゴソと動く物があって、私はそれが原因で目が覚めたのだと確信した。

私のすぐ隣で花瓶を持った大きな男の人が、私を見て驚いている。

「目を覚ましたぞ!早く呼んで来い!!」


病室には他に人がいたようで、
大きな男の人は病人に似つかわしくない大声を出した。

すぐにその人は私の方に目を向けて、まじまじと見る。

「だ、大丈夫…かい?」
"具合はどうだ?"

心配そうな顔で私の様子を窺う。

あぁ、

私。


「…生き…てる…の…?」


出した声は、自分のものではないかのように掠れた声。

大柄の男の人は、ぱぁっと顔を明るくさせて微笑み、

「あァ!当たり前だろう?」

とても笑顔で私に言ってくれた。

そうか。
私、生きてる。

土方さんが、生かしてくれた。
土方さんと、生きるために。

あの輪廻は、切れた。
切ってくれたんだ。

生きてる。

生きてるよ、土方さん。


「紅涙ちゃん!!」


女の人の声がして、
バタバタとベッドまで走り寄ってきてくれた。

その人は、最後に泊まった宿の女将さんで。

「…女将さん…、」
「良かった!っ…、良かったわ、本当に!私…っすごく心配したんだから!!」
「…ご迷惑を…お掛けしました…、」

私の言葉に、
女将さんは「馬鹿言うんじゃないよ!」と泣いて言った。

「迷惑なんていくらでも掛けなさい!っ、あなたが生きていればそれでいいのよっ…、」

私は2日、眠っていたという。
彼女は付きっきりで居てくれたのだろう。
疲れた様子で、私の前で泣いてくれた。

一泊もしていない私が、
こんなに大事な迷惑を掛けたというのに。

「女将さんに…出逢えて良かった…、」

私が生きているのは、彼女のお陰でもあるのかもしれない。

まだ醒めきらない頭で、
固まったままのような顔の筋肉を動かして、笑みを浮かべた。

彼女はそれを見て余計に目を潤ませ、「うちにいつでもおいでよ」と言ってくれた。

そこにコンコンと音がする。


「失礼しますよ、」


落ち着いた声がして、医者が私を覗いた。

「おはよう、早雨さん。」
「おはよう…ございます、」

とりあえず訳も分からず、言われた言葉を返す。


「どうかな?気分は。」
「まだ…ボーっとしてますけど…、特には何も…。」
「そうかそうか。なら点滴だけ、もう少し打っててもらいますからね。」

後ろにいた看護師に指示をして、私の腕が布団から放り出される。

その状態を見て、
まだ身体がいうことを聞かないのはよく分かった。

「早雨さんの状態も考えて、面会は人数を限らせてもらいますよ。」
"付きっきりで居てくれた彼らだけにするから"

そう言われて、病室を見渡した。
体を起こすことは出来ないから、目だけを動かす。

私の傍には看護師さんが居て。
少しだけ離れた場所に医者がいる。

足もとにはさっきの大柄の男の人が居て、腕を組んで嬉しそうに私を見ている。
その人の隣には、お世話になった女将さん。

男の人のすぐ隣にいるところからして、
あの男の人がもしかすると女将さんの旦那さん?

そして壁に凭れるようにして立つ男の人がもう一人。
大柄の人と同じように腕を組み、私を見ていた。

その眼が、
何とも言えない目で。

女将さん達のように嬉しそうな目でもあるけど、どこか辛そうな目でもある。

真っ黒い髪をして、
男なのに綺麗な人だと思った。

それで思い出した。

「あの…、すみません、」
「どうしました?」

私、
土方さんに会わなきゃ。

「…連絡を…してほしい人がいるんですけど…、頼めますか…?」
「えぇ、いいですよ。どなたですか?」
"お名前と電話番号を言ってください"

看護師さんは柔らかく笑って、ペンを握った。

私は「電話番号は分からないんですが…、仕事先なら分かります」と言って看護師さんを見た。


「…土方、です。…土方、十四郎…。」


あぁ早く。


早く、
あなたに逢いたい。


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