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花の時間


それから数日経って。

私から点滴も外れた。
身体も随分と動く。

あと少し異常がないかを確認すれば退院だ。

「あの、看護師さん。」
「はい?」

体温検査をしに来た看護師さんが小首を傾げる。

「この前…連絡お願いした人って…、」

私が目を覚ましてすぐにお願いしたこと。


『…連絡を…してほしい人がいるんですけど…、』
『…土方、です。…土方、十四郎…。』


確かに伝えたはずなのに、
いつまで経っても土方さんは来てくれなくて。

看護師さんは私に「あぁ…、」と少し考えた素振りを見せた。

「何だかね、少し出ているみたいですよ?」
"いないって言われましたから"

あやふやな返事に、
私は「そうですか…、」としか言いようがなくて。

もどかしい気持ちが生まれては濃くなる。

「きっと大きな仕事をされているんでしょうね。」

看護師さんが慰めるように笑って、私は諦めたように笑ってみせた。


---コンコン

静かになった病室に音が響く。
看護師さんは「誰かしら」と言ったけど、私は「あの人です、」と笑った。

すぐにその人は入ってきて、「容態はどうだ?」と声を掛けてくれる。

その人は、
私が目を覚ました時にもいた黒い髪の人。

「めちゃくちゃ元気ですよ。」

私は彼に笑う。
彼も「そうか、」と言って笑う。

「これ、入れとくから」と手に持っていた花と花瓶を持ち出す。

いつものことなので、
「すみません」と言って彼を見送った。

「素敵な彼氏ですね、いつも来てくれて。」
「かっ彼氏じゃありませんよ!」
「そうなんですか?でも毎日来て、毎日お花を持ってきてくれるなんて、」
"普通はありませんよ"

看護師さんは「また検診の時間になったら来ますね」と言って病室を去った。

確かに。

確かに看護師さんが言う通りだった。

私がこの病院で目を覚ました時から、彼は居て。
その日も夜通し居てくれたという。

毎日来てくれて、
毎日新しい花を入れてくれる。

「終わったのか?」

スライドした扉が小さく音を立てて閉まる。
花瓶の中に入った花は、昨日と違う花。

花に詳しくはないけど、同じ花だったことはないかもしれない。

コトンと音を立てて、私の傍の机に置かれる。
彼はベッドの横にある椅子に座った。

「ほんとに…、いつもありがとうございます。」
"今日も綺麗な花ですね"

彼は「気にするな」と言う。

今でこそ、
これだけ打ち解けたものだけど、初めてみた時は怖い人なのかと思った。

彼は何も話さなかったし、
私も何を話していいのか分からなかった。

名前を聞いても「知らなくていい」と言われた。
だから怪しい人なのかとも思った。

それでも、
あの時に来てくれた女将さんも、大柄の人も、とても信頼して話していたから。

「ご友人…か何かですか?」
"女将さんたちの…"

私から話しかけたのが切欠だった。

とは言っても、
分かったことは大柄の人の友人ということだけ。

彼は、
自分のことを話したがらなかった。

私との繋がりなんてないのに、ここへ毎日通ってくれるなんて。

良い人、だよね。


「お花、詳しいんですか?」

彼とは思いついたような会話ばかり。
なのに私は楽しかった。
確実に、彼との時間を楽しむ自分がいた。

「いや、全然。欠片も分からねェ。」
"ただこれしか毎日出来ることがねェから"

そう言って花瓶に入った花を見る彼に、胸が焦げる。

彼を見れば、
土方さんを思い出した。

よく似ているのかどうかは分からない。

土方さんの顔が、
しっかりと思い出せないから。

何となく、土方さんに似てる。
それは分かる。

だから楽しいのかもしれない。

何か特別に面白い話をしてくれるわけじゃない、
何か特別なことをしてくれるわけじゃない。

そんな名前も知らない彼と過ごす時間。

自分にとって色のある時間。


だけど彼は、違う。


『紅涙…、』


彼は土方さんじゃない。

忘れちゃ、いけない。

私が想うのは、ただ一人。
あなた一人。

やっぱり、逢いたい…。


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