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束縛


「こんな夜中に歩くの…、久しぶりだな…。」

独り言が誰もいない道に消える。
私の声は、風の音に溶けて。

「…、帰りたくないな。」

なんて。
子どもみたいなことを口にした。

屯所に帰っても、
土方さんの顔を見れば苦しくなる。

どうしていいのか分からないこの感情に、
私はきっと立ち止まって。

「…どうすれば…、いいの…?」

土方さんは今何を考えているんだろうか。

『やめるか?俺らの関係。』

関係を…、
私との関係を…、

終わることだけ、考えてるのかな…。

「…、…はぁ…、」

見上げた夜空は、
細い月が白く輝く。

それが、薄く笑うようで。

目を逸らして、
暗い道を帰った。


帰り着いた屯所。
門を入って小さな中庭を横目に歩けば玄関。

外灯だけがついた屯所は、
門を過ぎれば中は真っ暗で。

砂利にすら足を取られそうだった。

そこに、

「…、…土方…さん…?」

暗い夜にさらに黒い影が佇んでいた。
目を凝らせば、細く白い煙と一緒で。

「…。」

鼻を掠める煙草の匂い。

どんな顔をしているのか、
どこを見ているのか。

何も分からないけど、
その影は何も話さない。

私を待っていてくれた?
なんて、そんな都合の良い考えは浮かばなかった。

だって。
だってあんなこと言われた後だから。

私は「失礼します」と小さく言って、その横を通り過ぎた。


「…どこに行ってたんだ。」


静かな夜に、
はっきりと聞こえる土方さんの声。

「…、少し私用で。」
「こんな時間にか?」
「…はい。」

僅かに通り過ぎた先で足を止めた私は、
土方さんに顔半分だけ向けて返事をした。

長い時間、話すのは辛い。

土方さんは「トンだ私用だな」と鼻で笑った。
私は「すみませんでした」と言って会釈をした。

足を進めようとした私に、

「待てよ。」

土方さんが腕を掴んだ。
私は振り返ることもせず、
ただ掴まれた腕だけが土方さんに向いていた。

心臓がドクドクと鳴る。

逃げ出したくて、
不安に胸が痛い。

「何…ですか…?」

あの時の返事を問われるの?

関係をはっきりするために、
私は何を言わなければいけないの…?

「…。」

土方さんは何も言わない。
私は何も言えない。

「…。」
「…。」

私には、あまりにも辛い沈黙だった。

だから。

「用がないんでしたら私は…、」

言葉を濁すように、
"その手を放してくれ"と促した。

土方さんが何かを言いかけて、息を吸った音が聞こえた。
だけどやっぱり何も話さなくて。

掴まれた腕をそのままに、
私が足を一歩進めた。

その時。


「心配…した。」


土方さんが、そう口にした。


「急に…居なくなっちまったから。」


私の足は当然のように止まり、
彼の言葉に、
私の胸は苦しいほどに締め付けられた。

「…心配した。」

土方さんはまたそう言って。
振り向かない私を、後ろから抱き締めた。

「紅涙。」

私の肩に、
土方さんの顔が埋まる。

私の首筋に、
土方さんの息が掛かる。


「どこにも、行くな。」


初めての、束縛だった。


手を引かれて招かれた副長室。

「久しぶりに呑むか。」

土方さんはそう言って、お酒を用意した。

縁側に並んで座って、
細い月の僅かな光に照らされる。

「私、日本酒は苦手で…、」
「分かってる。」

苦手だと言うのに、傍に置いた一升瓶は日本酒。
過去に呑んだ日本酒で、悪酔いした記憶がある。

だが私は渋々、
渡された猪口を両手に持ち酌をしてもらった。

土方さんは自分の分を入れて、

「呑んでみろよ。」
"その酒"

促されて、
私は「頂きます」と独特の苦さを思い描きながら口に運んだ。

「あれ…?」

確かに苦さはあるが、いつまでも口に残る感覚ではなくて。

あぁ、
これが呑み易いということかと思った。

「上手いか?」

土方さんは私をチラリと見て、自分も口に運ぶ。
私は「美味しいというか…、」と猪口に入ったお酒を見た。

「苦くないです…、何だか…呑めそうです。」
「我が侭なこった。」

土方さんは私の言葉を鼻で笑った。
私はそれがどういうことか分からなかったけど、その後すぐに「良かった」という土方さんの言葉が染みた。

「買って来て…くださったんですか…?」
"私のために"

そう口にして、窺うように土方さんを見た。
土方さんは自分の猪口に入るお酒を揺らしながら、私を見て小さく笑う。

それは優しい微笑みなんかじゃなくて、

「馬鹿かテメェ。」

まるで、悪戯っ子。

「自惚れんな。」

そう言ってお酒を飲み乾した。
猪口を置いた土方さんは潤う唇を私に向ける。

「寒くなったか?」
「え…?」
「外の風に当たって、寒くなったかっつってんの。」

それは、
床の間への遠回りな誘い。

「…寒くないです。」
"お酒でポカポカしてきました"

分かりにくくて、
分かりやすい、

彼の誘い。

「鈍感女。」

どっちが。

「寒いって言え。」

そんなことを思いながら、
土方さんの唇に目を閉じた。


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