7
前夜
「ん…っ、」
シンと澄んだ空気が、
肌に滑る服の音すらも伝える。
「っ、土方、さん…、」
「…ん?」
押し倒されて、
私の胸に顔を埋める土方さんの髪を撫でた。
土方さんはそろっと顔を上げて私を見る。
「何だ?」
「…うぅん、」
弱く笑い、
顔を横に振った。
「何でもないです。」
顔を揺らすと、布団で髪が擦れる。
その時どこか、
客観的に今を見る自分が居て。
こうやって土方さんといることに、
こうやって温もりを感じることに、
「っ…、」
愛しく思うのに、
土方さんと居てはいけないのではないかと咎める自分も居て。
「紅涙…、」
悲しくて。
「…ごめん、なさい。ちょっと髪が…、目に。」
涙が込み上げて来る。
明らかに変わる私の顔。
私は誤魔化すように顔を横に向けた。
「イテテ」なんて言って、私は目を擦った。
「ほんとに、」
土方さんのその言葉と同時に、
顎を掴まれて。
「馬鹿なヤツ。」
唇を塞がれた。
すぐに舌が入ってきて、
自分の舌を伸ばす前に絡み取られてしまう。
「ふ…、…っ、は…ぁ、」
舌を絡める度に開く僅かな隙間に息をする。
うっすらと開けた目の前には、
長い睫毛を伸ばす土方さんの瞑られた瞼。
私の好きな、人。
「もう、何も考えんな。」
土方さんは私の頭を撫でて、
「心配することなんて何もねェよ。」
優しい土方さんが言った。
私はそれに力なく微笑んで「そうですね」と言った。
でも土方さんはその返事に満足しなかったようで、
「"そうですね"じゃねェ、"はい"だろォが。」
私の頬を掴んで言う。
「ふぁい。」
頬を掴まれたまま返事をした。
土方さんは、クスッと笑って、
「よろしい。」
優しいキスをくれた。
「っぅ、んっ、っアっ、」
揺れる視界。
肌と肌がぶつかる乾いた音。
「ァっ、っ、ぁっ、ァっん!」
「ヤラシィ、っ声だな、っ」
土方さんの額には汗が滲んで、髪が濡れてる。
「っ土、方さっ、ぁっ、もっォだめっ!」
「ッ…、」
高みが見えた頃、
土方さんの小さく呻く声とともに、急に動きが止まって。
「土方、さん…?」
息を切らせ呼んだ。
すると土方さんは「なァ、紅涙」と私を呼び、
「俺の首、持て。」
笑うわけでもなく、
怒るわけでもなく、
土方さんは表情ひとつ変えずに言った。
「え…?」
「いいから、ほら。」
土方さんは私の片腕を持つ。
そのまま触れる程度で首に手を掛ければ、「違う」と言われた。
「両腕。」
「あ、は、はい。」
回すように首へ絡めれば、「よし」と言った。
その瞬間、
「ひぁっ!ァ、」
身体が布団から浮いた。
それと同時に体の中にある繋がったままの土方さんが向きを変える。
自然に背筋が伸びた。
「紅涙、」
土方さんが私の腰に手を当てて、
「俺の顔、見てろ。」
真っ直ぐな視線で言う。
ドクリと胸を打てば、
土方さんは「っ、テメェ!」と私の胸に顔を埋めた。
「な、何ですか?!」
「締めんな!」
「しっ、締めんなって…、」
何て堂々と言うんだ!
「こんなことしててまだ恥ずかしいのかよ。」
"顔、真っ赤だぞ?"
土方さんの膝に乗っているせいで、
少し下から土方さんが顔を窺ってくる。
「もう!」と言って、顔を背けた時。
「っ…、」
障子の上にある僅かなガラス窓から、
私の視界に入った夜空。
言葉を、
失った。
「紅涙?」
"どうした?"
その夜空は、
「空?空になんかあんのか?」
明日には消えてしまいそうほど、
「月、細ェな。」
あまりにも細い、月だった。
それはつまり。
「…ぁ…、」
明日は、
「…晦…。」
きっと。
「"晦"?何だよ、急に。」
「…、」
『晦の夜、攘夷浪士の刃が血を誘う』
「おい、紅涙?」
信じてるわけじゃない。
でも、
信じない理由もない。
でも。
「おいって。」
「っひゃぁっ!」
土方さんの声が聞こえたと同時に身体が縦に揺れた。
「何だよ、何かあんのか?」
「っ…、ない、ですよ。」
「…。」
目を逸らす私に、
土方さんは疑いの目で見る。
私は誤魔化すようにギュッと土方さんに抱きついた。
「土方さん…、」
「あァ?」
すがるように、土方さんの首に顔を埋める。
「どこにも…、行かないでくださいね…。」
私の知らないところに。
「…、行かねェよ。」
土方さん…、
私、
やっぱりあなたが必要だから。
「一人に…しないで…。」
私の目に、
ずっとあなたを映させて。
「させねェ。」
「…うん。」
ギュッと抱き締めてくれる土方さんが、
「紅涙」と呼んで、私は身体を起こした。
向き合った私に、
土方さんは音が鳴りそうなキスをして、
「俺の顔だけ見とけよ。」
低い声に、
困ったように笑った。
今はただ、
この人の温もりを。
感じさせて。
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