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決められた出来事


土方さんが出て行った夜。

「嘘つき…。」

その夜のうちに、
土方さん達は帰って来なかった。

眠れなかった。

我慢できず、
何度も屯所から出ようとした。

だけど玄関には何故か近藤さんが寝ていたり、
裏口には沖田さんが寝ていたりした。

屯所の周辺には隊士が警戒中だとウロついていて、とても塀を越えて出られる様子ではなかった。

「…土方さん…、」

こんなにも帰りを心配したことなんてなかった。

言葉にならない不安に気持ち悪くて。

何をしていいのか、
どうすればいいのか分からない。

昨日と同じ朝が来たのに、
まるで違う世界にいるかのような感覚だった。

ギュッと布団を握り締めた時、


「ト、トシ?!」



近藤さんの大きな声が聞こえた。

その言葉が耳に入った瞬間、
私は部屋を飛び出していた。

自室から声のする玄関までの距離、何も考えずに走って。


「何でさァ、攘夷浪士ごときで手間取りやがって。」
"俺が行ってりゃァ、あっという間に終わりやしたね"


近付くにつれて沖田君の声も聞こえた。

頭に響く言葉。

"攘夷浪士"

「心配したんだぞ?!山崎も連絡よこさないし!」
「す、すみません…、ちょっと副長の手当てが時間掛かっちゃいまして…。」

"手当てに時間が掛かった"

「悪かったな、近藤さん。」
"俺のミスだ"

土方さんの声が聞こえた時、私は玄関の前に立った。

廊下を走ったせいで、
少し息が上がっていたけど、

「…。」

土方さんを見たせいで、息が上がったのかもしれない。

「あっ!紅涙さん!」
"ただいまっス!"

山崎さんの声が、
私の頭に入らなかった。

だって…、

「土方…さん…、」
「…ただいま。」

ジャケットを羽織る形で着用し、
シャツはダラしなく開いていて。

山崎さんに肩を借りる立ち姿。

「…。」
「…心配するほどじゃねェよ。」
"軽症だ、軽症"

右肩から斜め下へと伸びる包帯。

シャツから透けて分かるほど、
その包帯には血が滲んでいて。

「…っ…、」

あの男の言っていたことが。

「紅涙君?」
"大丈夫かい?"

頭の先から、
一気に血が冷えていく感じがする。

近藤さんが心配する声も遠くに聞こえて。

「おい、紅涙?」
「紅涙さん大丈夫ですか?」
"なんか顔色悪いっスよ?"

これは…偶然?
男の言葉が偶然当たっただけ?

偶然だとしても。
偶然じゃなかったとしても。

「紅涙?大丈夫か?」

土方さんの声がして。
無意識に私が顔を上げたのと同時に、
私に向かって伸びる手を感じた。

その瞬間、

「ふっ副長!!」

土方さんの身体が傾いた。

山崎さんの大きな声とともに、
私の視界から土方さんがゆっくりと崩れていく。

瞬間、
山崎さんが支えたお陰で、何とか頭をぶつけずに済んだ。

「ッ…、」
「ト、トシっ!大丈夫か?!」
「くそッ…、身体が思うように動かねェ。」

私はただその状況を唖然と見て。

足元で山崎さんに身体を支えてもらいながら、歯を食い縛り立ち上がろうとする姿。

胸が焼けるように気持ち悪い。

「っ…、ちょっと、…すみません…。」

吐き気に襲われて。
口を手で押さえて、その場から駆け出した。

後ろで私を呼ぶ声がたくさん聞こえたけど、聞こえないフリをして走った。


自室に戻って、布団に顔を埋めた。

「…、」

土方さんの怪我。
偶然だと考えるには、あまりに難しくて。

「…また…、あの男に会わなきゃいけないの…?」

会う度に辛いことばかり言われるあの男に。

「だけど…、このままじゃ…、」

土方さんはもっと酷い怪我をしてしまうかもしれない。


『別れよ、今すぐに。』


それで解決するわけでも、
どうにかできるわけでもない。

でも。
会わなければ、始まらない気がした。

ここから、
私たちは何も。

たとえそれが、
決められた僅かな時間で、

最期の場所へ向かっていたとしても。

私たちの歩く道を、
私たちが歩かなければいけないんだ。


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