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黄櫨色
(はじいろ)


「俺を認めさせてみろよ、トシ。」

とっつぁんはグラスを回して氷を鳴らす。

「それは…どういうことですか。」

俺は言われてる意味が分からなくて、とっつぁんを見据えるように見た。

確かに、
真選組は未だ至らない点はある。
それを先導する俺にも至らない点があるのは承知。

だがここで言わせるほど、だったのか。

「違ェよ、トシ〜。お前、また仕事の話してるだろ〜?」

まるで読唇術でもしているかのように、とっつぁんは俺に向けて鼻で笑う。

そして俺に指を差して、

「俺が言ってるのはお前自身。」

欠片も酔っていないかのような目を俺に向ける。

とっつぁんは懐から煙草を取り出した。
俺はライターを持ったが、それを断られた。

「お前、記憶飛んだんだってな。」
「…はい、少し前ですが。」
「何でも紅涙ちゃんのことだけが綺麗に飛んだんだろ?」
「…はい。」

とっつぁんは「可哀相に」と言って煙草を吸う。


「まー結果的には一段と仲良くやってるらしィじゃねーか。」
"紅涙ちゃんと"

分からない。
とっつぁんの言いたいことが。

「その裏で、何があったか考えられるか?」
「…?」
「お前がのうのうと生活してる裏で、泣いてたヤツは居ねェと思ってんのか?」

"泣いてたヤツ"…?

「自分がどれだけ引っ掻き回したか分かって生活してんのかっつってんだよ。」
「…。」

そうか。
とっつぁんが言いたいのは栗子のことか。

だがアイツはとっつぁんに自分がフッたと言ったはず。

ここで下手に謝っても、きっととっつぁんの勘に触る。

「確かに…栗子、サンには、思うところがあります。」
"彼女にも迷惑を掛けたと"
「"思うところ"だァ?」

とっつぁんはすぐに片眉をキツく寄せた。

「トシ、お前はやっぱ何も分かっちゃいねーよ。」
「…、」
「確かにアイツは笑って帰って来た。お前が来た時も、栗子は笑ってた。」
「…。」
「だがなァ!あの日の夜から俺の知らねーところで散々泣いてやがったんだよ!!」

とっつぁんが言うには、
真選組を辞めると言った日から、栗子は酷く元気で。
本当に俺はフられて、栗子は呆れて真選組を辞めて来たのだと思うほどだったと言う。

だがその日の夜から毎夜、静かになれば栗子は泣いて。
それを見つけたとっつぁんの奥さんが、何があったのかと問いただせば全てが明るみになったというわけらしい。

全ては気丈に振舞っていたのだと。

そのことは、
紅涙を、思い出させた。

あいつも、
そういうところがある。

栗子を傷つけたとは、思ってた。
好いてくれていたのは事実だったから。

だが栗子の気丈さに甘えていた。
何事もないように、ただ紅涙だけを考えていた。

「…、…申し訳ご」

頭を下げた時、ガタンと机が揺れて。

---ガッ

「ッ!」

とっつぁんが俺の頬を思いっきり殴った。
揺れた机のせいで、とっつぁんの前にあったグラスが揺れて、ガシャリと大きな音を立てて落ちた。

「ちょ、とっつぁん?!」

騒ぎに気づいた近藤さんが駆け寄って来る。
俺の顔を見て、「大丈夫か?!トシ!」と言われた。
俺は近藤さんの顔を見て、「アンタの方が大丈夫かよ」と笑って口を拭った。

拭った袖にスッと伸びた血。

「あ〜いけねェいけねェ。おじさん、冷静に話をするつもりだったのにな〜。」
「何?!何事なの、とっつぁん!」
「松平さん、お店で悪態つくのは止めてもらえます?」
「悪いね、お妙ちゃん。」

とっつぁんは溜め息をつくようにソファーに座りなおす。
近藤さんはオドオドした様子で俺たちの間に座り、何かを言おうとしたが制止された。
そのまま引っ張られるように、近藤さんは俺達から遠ざけられた。

とっつぁんは俺の前で、
始めと同じようにソファーに腕を伸ばして睨む。

「トシ、生意気言ってんじゃねェ。」
「…。」
「お前をどうこうするこたァいつでも出来る。だがなァ、真選組の紅一点が居ちゃー、おじさんも心が痛む。」
"栗子には劣るがな"

結局、

今、俺が何をしてもとっつぁんの機嫌は悪いし、
とっつぁんは俺を許しはしない。


「そこでおじさん思ったわけよ。お前、もっと女知れ。」
「は…?」
「知らねェから傷つけんだろ?なら知ればいい。」
「そんな必要は」
「お前が、」

俺は周りに気を掛けなさすぎた。
それは認める。

だが今更、女を知る?
俺には紅涙がいる。

俺の言葉を曲げるように、とっつぁんは言った。

「お前が誰かを幸せにしてやれるとは思えねェ。」

それは、
俺が一番理解していたはずの言葉。

「おじさんはねェ、栗子みたいな女の子を見たくないわけだよ。」

それでも今は、
誰かを幸せにしたいと思っている。

「雪華って女に会え。俺が話つけとく。」
「…お言葉ですが。もう…紅涙にそんな思いはさせません。」
「言いきれねェだろーが。それに、紅涙ちゃんは信頼してんだろォ?お前のこと。」
"なら遊女と会うことなんて何も問題ねーだろうに"

とっつぁんは小さく笑う。
馬鹿にするように。

俺が、
紅涙に信頼されていないかのように。


「お前が何かを得た分、失ったヤツが居るんだよ。」
"それを身に染みて分かることだな"


とっつぁんは笑う。

「トシ、ゲームだ。」
「…。」
「勝てば、紅涙ちゃんと平々凡々の幸せ。認めてやる、お前が変わったってな。」

馬鹿らしい。
どうしてとっつぁんにそんなことを言われなければいけない?

「負ければ、お前はお前のまま。紅涙ちゃんには見合いをしてもらう。」
「見…合い…?!」
「実は将ちゃんがお友達探しててよ〜。写真見せたら会いたいっつーもんだから。」
「っ…、」
「あ〜らら、恐い顔しちゃって。ま、将ちゃんは征夷大将軍だから望めばどーにでもなるわな。」
"たとえ紅涙ちゃんが嫌がっても"

とっつぁんは新しく入れられた酒に口を付ける。

「ルールは簡単。お前が雪華に会い続けるだけだ。」
「なっ…、」
「だがこのゲームは他言無用。言った時点でおしまい。」
「…っ…、」
「大丈夫だろ〜?紅涙ちゃんは忘れられたのに傍にいてくれたんだからよ〜。」

こんなことをして、
一体何の意味がある?

「期待してるよ、トシく〜ん。」
"楽しませてくれよ"

とっつぁんだけが楽しそうに笑った。

本当にただのゲームのように。

娘の仕返しと暇つぶし。

それに天秤を掛けられたのは、
きっと今までの行いが悪かった俺のせいだ。


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