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銀朱色
(ぎんしゅいろ)


「ほんっとマジ!お願い!頼みます!!」

局長室の前を通りがかった時、パンという乾いた手を叩く音と一緒に聞こえたのは近藤さんの声。

土方さんは原田さんと市中見回り中。
私は沖田さんに書類提出を促しに行った帰り。

何…だろ。

もう少し耳を澄ませば、
「えェ〜、どうしよっかなァ」と言う間延びした声が聞こえた。

続けて「そんな安くちゃなァ」とか、
「酢昆布が100個じゃ足りないアル!」とか、
「この子全部酢昆布買う気だよ!」とか。

賑やかな声も一緒に聞こえてくる。

お客さん?

そう頭に浮かんだのと同時に「誰アルか!」と襖が開いた。
襖を開けたのは、明るい色の髪が目立つ女の子。

「何盗み聞きしてるアル!コソコソと嗅ぎまわりやがってこのメス犬がァ!」
「ちょ、神楽ちゃん!何て言葉遣いしてるの!!」

慌てて立ち上がったのは眼鏡を掛けた黒い髪の男の子。
呆然とする私の前で「すみません!」と頭を下げた。

その奥から近藤さんが顔を出した。

「あれ?!紅涙ちゃんどうしてここに!?」
「え、あ、いや、ただ通りがかっただけで…。」
「嘘つくとは貴様二枚舌だったアルか!このケルベロスがァ!!
「神楽ちゃん違う、それ頭が3つのやつだから。全然違うから。」

私の前でまた賑やかになる女の子と、それを止めようとする男の子。

良く分からないけど、
聞いてちゃダメだった…ってことだよね。

「あの、失礼しまし」
「神楽ァ、新八と酢昆布買って来い。」

私の声に被さるように男の人の声が掛かる。
神楽と呼ばれた女の子はその声にすぐに振り返り、「300円もくれるアルかァ〜!?」と何かを握りしめていた。

「新八とお前の分な。これで新八の分まで酢昆布買っていいから。」
「え?!銀さんそれって僕の意味なくないっすか!?」
「ヨッシャァァァ!新八ィ、付いてくるヨロシ!!」

ダダッと音が出そうなほどの勢いで駆け出した彼女らはアッという間に出て行った。

「君君、」

声の方へ向けば、銀色の髪をした人が手招きしていた。

「はい…?」
「こっちこっち。ここに座りなさい。」

その人は近藤さんの机に堂々と肩肘を着いて、そちらへ呼ぶ。

「万事屋!まだ話は」
「分ァってるって。こういうのは女の子いた方がいいんだよ。」
「そっそうだったか!」

近藤さんはまるで周りに花でも飛ばしそうなほど嬉しそうな顔をした。

「紅涙ちゃん!こっちこっち!!」
「は、はぁ…。」

万事屋と呼ばれた彼と同じように、近藤さんに部屋へ招き入れられる。

座らされた場所は、
左斜め前に近藤さんが居て、右斜め前に万事屋さんがいる。

「え〜何何ィ?俺こんな子が居るなんて聞いてな〜い。」

万事屋さんは変わらず肩肘を着いたまま、私の方を物凄く見る。

「あれ?知らなかったのか、万事屋。」
「女の子が居るなんて聞いてませェ〜ん。で、名前は?」
「あ、はい。紅涙…です。」
「へェ〜…。」

彼の方を見て挨拶をしようとしたけど、あまりにも見られていて私は無意識に目を逸らした。

気恥ずかしくて。
でも失礼だと思ったけど、目線は下げながらも「よろしくお願いします」と口にした。

すると万事屋さんは「すごくよろしく」と言った。

え、
何その日本語。

私が思わず顔を上げれば、万事屋さんはニィと頬に書いたように笑う。

すごい、笑い方。

「ぷっ、」
「あ、紅涙ちゃんが俺の顔見て笑ったァ。」
「だってあまりにも厭らしい顔で」
「え?!予想以上の言葉が返って来たんですけど!?」

万事屋さんを見て私がクスクスと笑えば、「おーい」と近藤さんが声を挙げる。

「何これ。俺無視?」
「あァ悪い。大丈夫、お前はゴリラだよ。」
「"虫"じゃないからね!"無視"だから!!」
「あははは」

何だろ、久しぶりだな。
こんな気持ちになるの、すごく久しぶり。

身体の中の重かった部分が、ふわふわ浮いた気がする。

「そんなことより万事屋!どうなんだよ、行けンのか?!」
「ん〜…、」

近藤さんが話を戻したようで、万事屋さんはまた考える素振りを見せる。

そしてまた万事屋さんは私の方を見て、「そうだ、」と言った。


「紅涙ちゃん、貸してよ。」
「「…え?」」


近藤さんと私の声が重なる。

か、す?

「万事屋って稼業は疲れるわけよ。」
「何だ、仕事の助っ人を貸してほしいってことか?」
「まーそんなとこ。」

万事屋さんは適当に相槌を打つ。
「外に出さない仕事だから面割れは気にすんなよ」と付け足せば、近藤さんがチラリと私を窺い見る。

私と目が合って、
すぐに近藤さんは振り払うかのように「いや駄目だ!」と言った。

「紅涙ちゃんのことはトシに聞かないと!」

その言葉に万事屋さんは何も反応しなかった。
「何それ」とか「何でそいつ」とか、何も言わなかった。

だけど私は、

"紅涙ちゃんのことはトシに聞かないと!"

近藤さんの言葉が、私としての存在を考えさせた。

そりゃ…、
私は副長補佐だという意味で許可がいるんだろうし、
土方さんの彼女でもあるから、話を通した方がと思ってるのかもしれない。

でも、
今は業務面では栗子さんがいる。
困ることは、ない。

それに個人的な関係でも…、
止められることは…ないかもしれない。

「…近藤さん、万事屋さん、」

どちらにせよ、

私は、…私だ。

「やります、行かせてください。」

私自身を必要としてくれているのなら、

答えるべき。

それが、
真選組に所属している私の本来の目的のはずだ。


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