18
半色
(はしたいろ)
1週間の内、8割が万事屋。
残る2割の確率で屯所に居ると、
「今日は居たんですかィ」と言われたりするようになった。
「どうせ旦那の仕事なんて大してないんだろィ?」
「うん…、屯所で働く皆には申し訳ないぐらいですよ。」
"休みを貰ってる気分で"
沖田さんに苦笑して言えば、「羨ましィ話しでさァ」と頭の後ろで手を組んだ。
「旦那も何考えてんですかねィ。」
"裏があるに決まってまさァ"
気になる素振りを見せるのに、
全く興味なさそうに沖田さんが口にした時、
「あ、紅涙さんでございまする〜。」
細く高い女の子の声。
「お疲れ様です、栗子さん。」
「お疲れ様でございまする〜。今日はいらっしゃったのでございまするか?」
「はい、今日は屯所で。」
シャキシャキと歩いてきた彼女の両手には紙の束。
見慣れた副長室の光景だ。
「それ、今日の仕事ですか?」
「はいでございまする!」
「それじゃ私もお手伝いします。」
にっこり笑う栗子さんの手にある重そうな資料に手を伸ばした時、スッと横に避けられた。
「大丈夫でございまする!紅涙さんは休んでくださいませ。」
「え…?あ、私あっちで結構休みもらってるから…、」
「これぐらいの量ならすぐに終わりまする、栗子一人で大丈夫でございまする。」
同じようににっこりと笑ったまま、栗子さんは「それでは」と言って私を通り過ぎて行った。
少し、
胸の中が痛い。
また仕事が出来ないからとかじゃなくて。
「ありゃー仕事囲ってますねィ。」
沖田さんが言ったように、
まるで私には触らせたくないかのようだったから。
でも、気のせい…だよね。
「きっと栗子さんは私を思って言ってくれたんですよ。」
「そーですかねィ。俺にァ、ドロッドロに見えましたがねィ。」
「やめてくださいよ、沖田さん。」
"栗子さんはそんな人じゃないですよ"
そう口にしてるのは紛れもなく私なのに、
顔が引きつって、
口が勝手に動いて。
薄っぺらい言葉だなと思った。
「何かすること…、」
書類整理をしなくていいと言われてしまえば、はっきり言って補佐の仕事なんて見つけにくい。
何せ土方さんは副長室。
それも期限間近な提出書類があるらしく、ピリピリしていると栗子さんに聞いたから入り辛い。
土方さんに頼らずに私が探せる仕事と言えば、
「あの〜…、何か私に出来ることありますか〜?」
女中さんに声を掛けてみることぐらい。
でも女中さんはそれこそ気を遣って、
「こんな時にしかゆっくり出来ないんだから休みなぁ、紅涙ちゃん。」
「今までの分を休暇貰ってると思えばいいんだよ。」
そんなことを言われて帰されてしまう。
と言われても、
私の部屋は副長室の隣。
「…間の襖、閉めてるかな。」
いや、
たとえ閉めていたとしても、隣の部屋でグースカ寝るものは気が引ける。
「…行くとこない…。」
邪魔にならない稽古場の縁側で座ってみる。
少し先の斜め向こうには副長室。
こちらからは真正面に見えるけど、あっちからは陰になっていて見えにくい。
「万事屋さんに行っても変わりないしなぁ…。」
何度目かの溜め息をついた時、
その副長室の前を歩いてくる人が居た。
「ぁ…近藤さんだ。」
本当に小さい声だったけど、
まるで聞こえたかのようにこちらへ顔を向けた。
「あー!居た居た!」
小さな白い箱を手に持って嬉しそうに笑い近寄ってくる。
「お疲れ様です、近藤さん。」
「おゥご苦労さん!紅涙ちゃんにコレ!!」
「へ…?」
差しだされた箱を手に持てば軽い。
この形はもしや。
「ケーキ、ですか?」
「あぁ、紅涙ちゃんには世話になってるからな!食ってくれ!」
「え?!そっそんな、私別に何も」
「いやいや貰ってくれ!好きじゃなかったら捨てちまっていいから。」
「そそそんな勿体ない!ケーキ好きです!」
誤解を招きそうだったので慌てて言えば、近藤さんは「そうか!」と笑った。
「それじゃ…頂きます!ありがとうございます。」
「な〜に、良いってことよ!俺の方こそありがとな!」
近藤さんは大きな声で笑って、来た道を帰って行く。
早速、
私は貰った甘い匂いのする箱を開けた。
「やった。ケーキ貰っちゃった。」
箱の中にはケーキが二つ。
1つはもちろん私が食べるケーキ。
2つ目は、
『栗子さんにも…』
頭の中に浮かんだ彼女にあげるべきものだ。
だけど、
今の私は随分と狭い人間になってるみたいで。
「…2つ食べちゃおっかな…。」
あげなくていいかって思った。
どちらから食べようかと幸せに悩んで、
「よし、こっちから。」
1つ目のケーキに手を伸ばした時、薄く暗い影が出来た。
ん?と思うのと同時に、
「2つも食う気か?」
頭の上から声がした。
一瞬だけ身体がビクりと震えて顔を上げれば、
「何ビビッてんだよ。」
小さく笑う土方さんが立っていた。
- 18 -
*前次#