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半色
(はしたいろ)


1週間の内、8割が万事屋。
残る2割の確率で屯所に居ると、
「今日は居たんですかィ」と言われたりするようになった。

「どうせ旦那の仕事なんて大してないんだろィ?」
「うん…、屯所で働く皆には申し訳ないぐらいですよ。」
"休みを貰ってる気分で"

沖田さんに苦笑して言えば、「羨ましィ話しでさァ」と頭の後ろで手を組んだ。

「旦那も何考えてんですかねィ。」
"裏があるに決まってまさァ"

気になる素振りを見せるのに、
全く興味なさそうに沖田さんが口にした時、

「あ、紅涙さんでございまする〜。」

細く高い女の子の声。

「お疲れ様です、栗子さん。」
「お疲れ様でございまする〜。今日はいらっしゃったのでございまするか?」
「はい、今日は屯所で。」

シャキシャキと歩いてきた彼女の両手には紙の束。
見慣れた副長室の光景だ。

「それ、今日の仕事ですか?」
「はいでございまする!」
「それじゃ私もお手伝いします。」

にっこり笑う栗子さんの手にある重そうな資料に手を伸ばした時、スッと横に避けられた。

「大丈夫でございまする!紅涙さんは休んでくださいませ。」
「え…?あ、私あっちで結構休みもらってるから…、」
「これぐらいの量ならすぐに終わりまする、栗子一人で大丈夫でございまする。」

同じようににっこりと笑ったまま、栗子さんは「それでは」と言って私を通り過ぎて行った。

少し、
胸の中が痛い。

また仕事が出来ないからとかじゃなくて。

「ありゃー仕事囲ってますねィ。」

沖田さんが言ったように、
まるで私には触らせたくないかのようだったから。

でも、気のせい…だよね。

「きっと栗子さんは私を思って言ってくれたんですよ。」
「そーですかねィ。俺にァ、ドロッドロに見えましたがねィ。」
「やめてくださいよ、沖田さん。」
"栗子さんはそんな人じゃないですよ"

そう口にしてるのは紛れもなく私なのに、

顔が引きつって、
口が勝手に動いて。

薄っぺらい言葉だなと思った。



「何かすること…、」

書類整理をしなくていいと言われてしまえば、はっきり言って補佐の仕事なんて見つけにくい。

何せ土方さんは副長室。
それも期限間近な提出書類があるらしく、ピリピリしていると栗子さんに聞いたから入り辛い。

土方さんに頼らずに私が探せる仕事と言えば、

「あの〜…、何か私に出来ることありますか〜?」

女中さんに声を掛けてみることぐらい。
でも女中さんはそれこそ気を遣って、

「こんな時にしかゆっくり出来ないんだから休みなぁ、紅涙ちゃん。」
「今までの分を休暇貰ってると思えばいいんだよ。」

そんなことを言われて帰されてしまう。

と言われても、
私の部屋は副長室の隣。

「…間の襖、閉めてるかな。」

いや、
たとえ閉めていたとしても、隣の部屋でグースカ寝るものは気が引ける。

「…行くとこない…。」

邪魔にならない稽古場の縁側で座ってみる。

少し先の斜め向こうには副長室。
こちらからは真正面に見えるけど、あっちからは陰になっていて見えにくい。

「万事屋さんに行っても変わりないしなぁ…。」

何度目かの溜め息をついた時、
その副長室の前を歩いてくる人が居た。

「ぁ…近藤さんだ。」

本当に小さい声だったけど、
まるで聞こえたかのようにこちらへ顔を向けた。

「あー!居た居た!」

小さな白い箱を手に持って嬉しそうに笑い近寄ってくる。

「お疲れ様です、近藤さん。」
「おゥご苦労さん!紅涙ちゃんにコレ!!」
「へ…?」

差しだされた箱を手に持てば軽い。
この形はもしや。

「ケーキ、ですか?」
「あぁ、紅涙ちゃんには世話になってるからな!食ってくれ!」
「え?!そっそんな、私別に何も」
「いやいや貰ってくれ!好きじゃなかったら捨てちまっていいから。」
「そそそんな勿体ない!ケーキ好きです!」

誤解を招きそうだったので慌てて言えば、近藤さんは「そうか!」と笑った。

「それじゃ…頂きます!ありがとうございます。」
「な〜に、良いってことよ!俺の方こそありがとな!」

近藤さんは大きな声で笑って、来た道を帰って行く。

早速、
私は貰った甘い匂いのする箱を開けた。

「やった。ケーキ貰っちゃった。」

箱の中にはケーキが二つ。

1つはもちろん私が食べるケーキ。
2つ目は、

『栗子さんにも…』

頭の中に浮かんだ彼女にあげるべきものだ。

だけど、
今の私は随分と狭い人間になってるみたいで。

「…2つ食べちゃおっかな…。」

あげなくていいかって思った。
どちらから食べようかと幸せに悩んで、

「よし、こっちから。」

1つ目のケーキに手を伸ばした時、薄く暗い影が出来た。

ん?と思うのと同時に、


「2つも食う気か?」


頭の上から声がした。
一瞬だけ身体がビクりと震えて顔を上げれば、

「何ビビッてんだよ。」

小さく笑う土方さんが立っていた。


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