19
苺色
(いちごいろ)
「い、いつの間に…?!」
「ついさっき。」
"気付かなかったのか?"
土方さんは私の横に座って箱の中を覗き込む。
「あ、あの近藤さんから貰って、」
「知ってる。」
「え?!」
「近藤さんの声とお前の声がデカくて出てきたから。」
私の膝の上から箱を取り上げる土方さんに乾いた笑いを投げた。
「すみません、お仕事の邪魔しちゃって…。」
「いや、丁度一服したかったとこだ。」
土方さんは1つのケーキに乗っていた苺をかじった。
あ、私のケーキなのに。
「酸っぺ。」
口を尖らせた土方さんに「先に食べる罰ですよ」と笑った。
私はそれを横目に、
「じゃぁ私はこっちでいいです。」
土方さんの傍にあった箱からスポンジの方を取る。
クリームがいっぱいで、手がケーキに沈んだ。
「頂きます、近藤さん。」
ここには居ないけど、そう口にして頬張る。
「んぅ〜っほいひ〜。」
頬張りすぎて上手く話せないけど気にしない。
そう言えば、
万事屋さんも甘いものが好きって言ってたなぁ。
明日行くときは、手土産に買って行ってあげよう。
そんなことを思い浮かべていれば、ガシッと音が鳴りそうなほど顎を掴まれた。
「なっなんれすか。」
感情が読み取れない目。
「紅涙、お前最近忙しそうだな。」
「へ?!」
いきなり何を言うんだろうか。
ごくりと口の中にあったケーキを呑み込む。
「いえ、万事屋には行ってますが実質の仕事は」
「違ェ。お前の頭の中が忙しそうだっつってんだよ。」
「"頭の…中"…?」
それは考えごとが一杯ってこと?
そんな風に見えたのかな。
「万事屋と居るのは楽しいか?」
「え…、」
「あっちで働いてる方が楽しいか?」
「ひ、じかたさん?」
機嫌、悪くなってきてる?
私何かしたのかな。
土方さんの気に障る態度、したのかも。
「私は、」
「食え。」
「ぇ、ブッ!」
ケーキを口に入れられる。
土方さんは酸っぱいと言った苺をまたかじった。
そのまま齧り付くように、
「ンぅっ!」
土方さんの唇が私の息を食べた。
「ッふ、…はァ、ぁ、」
口の中の甘さが、苺のせいで酸っぱくなる。
まるで飴でも舐めとるかのように、土方さんはチュルっと音を立てて唇を離した。
「は、ぁっ、こっこんなところで何やってるですか!」
「中和。」
「ちゅっ中和って…、」
シレっとした顔で土方さんは私の口の端を親指で拭う。
「仕事、手伝えよ。」
「え…っで、でも栗子さんで十分なんじゃ…っんぅ、」
拭った指は口に放り込まれた。
「俺の仕事、手伝え。」
引きぬかれた指の代わりに、またキスをして。
私は連れ戻される園児のように手を引かれ、副長室の仕切を跨いだ。
もちろん栗子さんは私を見て驚いた。
それも土方さんが連れて来たから尚更だろう。
「紅涙さん、栗子のことはご心配に及び」
「俺の仕事をさせる。」
「ふ、副長のでございまするか?」
土方さんは栗子さんの言葉に返事をせず、「ここに座れ」と土方さんの横に座布団を敷かれる。
「紅涙、これを確認して綴じてってくれ。」
"本署に提出だから間違いねェようにキッチリな"
淡々と進められることに驚いていたのは私も一緒で。
私はてっきり、
楽しく和気あいあいと仕事をしているだと思っていた。
自分が思っていたよりも、
この中の空気は悪かったのかもしれない。
何も、
変わっていなかったのかもしれない。
「あの、栗子さん、」
人と言うのか、
私個人というのか。
自分の中に少しの余裕が出来れば、相手のことを考えられるようになる。
うぅん、
考えられるというか、
許容範囲が増えるだけかもしれないけど。
「近藤さんにケーキ貰ったんですけど、1つ如何ですか?」
"私は先に1つ食べちゃったんで"
食べなかったもう1つのケーキを栗子さんに渡す。
私は十分に甘い物を食べさせてもらったから。
「いいんでございまするか?」
「はい、構いません。栗子さんもお疲れでしょう?甘い物食べてください。」
にこりと栗子さんに笑んだ時、土方さんが私を呼んだ。
栗子さんは「ありがとうございまする」と言って箱を傍に置いた。
私は所定の位置に座らされて、出来あがる書類を土方さんの真隣で待つ。
こんな風に見るのは初めてだ。
真剣な横顔。
少し呟きながら考える書面の文字。
息遣いさえも聞こえる距離。
足が少しだけ土方さんと触れている。
灰皿は、
私とは反対側の隅に置かれている。
「ふふ、」
「何だ?」
仕事をするにはあまりにも不思議な光景だけど、
「何だか、楽しいです。」
"いつもと違って"
土方さんと離れていた距離が嘘のように、今は近い。
ずっと、
このフワフワした感情が続けばいいのに。
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