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宍色
(ししいろ)
「副長ー!!」
ドタドタとする足音が、
静かな副長室に近づいてくる。
途端に、土方さんの眉間に皺が寄る。
「副長ーー!!!」
襖が開く。
振り向かなくても分かる。
この声は、
「山崎ィィィ!!テメェ監察のくせに静かに行動できねェのか?!」
「ヒィィィッ!!!」
ゴンとかいう音じゃなく、ガッと痛そうな音が山崎さんの頭で鳴る。
「ふっ副長!攘夷浪士のアジトが浮かびました!」
山崎さんは目に涙を溜めながら敬礼をする。
土方さんは少しの間を空けて「分かった」と低い返事をした。
そしてこちらに振り返って、
「俺は行ってくるから、お前らはそのまま続けとけ。」
それだけを言って、山崎さんの背中を追い掛けるように行ってしまった。
栗子さんは土方さんの背中に「はいでございまする!」と返事をした。
私は返事を声にする機会を逃して、口を開けてすぐに閉じた。
「…あ、」
指に触れる物を見れば、土方さんの上着が置いてあった。
これ、届けなきゃ。
煙草だってこっちに入ってるのに。
私は傍にあったその上着を持って立ち上がった。
「土方さ」
「紅涙さん、」
呼び止めるべく出した声は、栗子さんの声に掻き消された。
黙って彼女は立ち上がり、
私の前でこちらに手を伸ばす。
「栗子が届けてきまする。紅涙さんはどうぞお仕事の続きを。」
彼女は笑む。
だけど、
目は突き刺すように冷たい。
無意識に、
手に持っていた上着に力を籠めた。
そして顔を横に振って、彼女のように笑って見せた。
「いえ…、どうせ私の仕事は土方さんが居なければ出来ない仕事ばかりですから。」
"ご心配には及びません"
こんなとこ、
沖田さんに見られたら絶対冷やかされる。
女ってのはコレだから、とか、
ドロッドロでさァ、とか。
「遅くなれば届けられなくなるので。」
私は栗子さんの差し出した手を避けて、副長室を出る。
ごめん、
栗子さん。
でも私、
私が、土方さんの傍に居るから。
「…邪魔でございまする。」
栗子さんの声が、私の背後で大きく響く。
足は、必然的に止まる。
「お父上が居ても、紅涙さんが邪魔でございまする。」
"邪魔"
栗子さんにとってはそんな存在だろうとは思ってたけど、まさか口にされるとは思ってなかった。
私は彼女の方へ振り返ることが出来なかった。
ただ、
自分の背中で隠すように、
彼女の声を後ろに聞いた。
「栗子がここを辞めた理由は、諦めたからなんかじゃない。」
細くて高い、いつもの声じゃない。
「あの状況下、栗子には不利だったから。」
「…。」
「様子を見て、緩い時間になれば、また行けばいい。そう思ったから辞めた。」
どうしよう、
どうしよう。
この子、すごく恐い。
「お父上には強がって見せた。その方が、後で泣いた時に効果的だから。」
彼女に腹が立つのに、
殴り飛ばしたいほど腹が立つのに。
「紅涙さん、気をつけてくださいませね。」
「…。」
「栗子、紅涙さんに負ける気がしないでございまする。」
"お父上も居るし"
手が、震える。
怒りからなのか、恐怖からなのか。
息も荒くなるし、
頭の中が白い。
土方さんの上着が、小刻みに揺れる。
ギュッと握りしめた時、
少し離れた場所から「紅涙!」と呼ぶ声がした。
視線を上げれば、土方さんが向こうから歩いてくる。
すぐに私の前に来て、「悪ィ悪ィ」と言って上着を取った。
「忘れて行くとこだった。サンキュな。」
「…、は、い。」
会話をするほどの隙間は、頭になかった。
それに土方さんは気がついたようで「どうした」と顔を覗き込んできた。
「いえ、…何も…。」
「顔色悪ィな。紅涙はもう休め。」
「…はい。すみません。」
目を合わせてしまえば心が読まれてしまいそうで、私は俯いたまま頷いた。
「本当に大丈夫か?」
「…はい。」
土方さんは何か言おうとしたけど、遠くで山崎さんが呼んだ。
「すぐに行く」と土方さんは返事をして、私の頭を一撫でして去って行った。
また栗子さんと二人になった私は、手持無沙汰になった手を握りしめて振り返った。
「…。」
「…。」
揺るがない。
揺るがない、はずなのに。
彼女の自信に満ちた目が恐い。
「…私は、失礼します。」
逃げるみたいな言葉だと思った。
だけどここに居てもすることはない。
私の言葉に、
栗子さんは小さく鼻で笑った。
「はい、ここは栗子にお任せくださいませ。」
私はそのまま屯所を出た。
万事屋に、行った。
理由は分からないけど、
頭の中に、万事屋さんの顔が浮かんだ。
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