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灰汁色
(あくいろ)


「どう?気分晴れた?」
「はい、すみませんでした…。」

"お恥ずかしい限りです"と苦笑すれば、万事屋さんは「いいってことよ」とヒラりと手を上げた。

「別にさァ介入するつもりはねェんだけど、」
「…はい、」
「あんま、ムキになんなよ。」
「え…?」

隣に座る万事屋さんを見れば、「何かさ、」と続ける。


「野郎じゃなきゃ駄目だって、決めつけてるように見えるからよ。」
"お前も、アイツも"


その言葉に、
私の頭が止まった。

万事屋さんの言いたいことが、汲み取れなかった。

ただ分かったのは、

「紅涙ちゃん自身が、そんな風に思い込んでるように見え」
「違う!」
「…。」
「…そんなこと、…ありません。」

私の気持ちを、
そんな風に言われたことに驚いた。

私の気持ちが、
そんな風に見えていることが、

「…悪ィ紅涙ちゃん。」

酷く、傷ついた。

「まァそうじゃないっつーんなら俺は」
「すみません、…私失礼します。」

万事屋さんの話を遮って、私は立ち上がった。

助けてもらっといて、
なんて礼儀知らずなんだろうと思うけど、

それ以上、
話を聞きたくないと思った。

「気を付けてな。」

万事屋さんは私を責めることもなく、そう言って背中を送ってくれた。


屯所までの道。
足を進めれば進めるほど、自分の態度に後悔が生まれた。

最低だな、私。
万事屋さんに頼ったのに、言葉ひとつであんな帰り方をしてしまうなんて。


『野郎じゃなきゃ駄目だって、決めつけてるように見えるからよ。』


"決めつけてる"って、考えたことなかった。

でも違う。
そんなことないよ、万事屋さん。

土方さんが好きだから、土方さんじゃないと駄目なんだもの。

「でもあの時…、」

『お前も、アイツも』

万事屋さんが言ったこと。

"アイツ"…?
土方さんの…ことかな。

「それとも…別の…、」


私以外にも、
同じように想ってる人が…いる?

「あ。紅涙じゃねェですかィ。」
「…お疲れ様です、」
「土方さんみてェな顔してますぜィ。」

気づけばもう屯所の前で。
隊士と話していた沖田さんに会った。

沖田さんは私に向かって眉間を押さえる。
私はそれに苦笑して見せた。

「それじゃそういうことだからお前ェら、しっかりな。」
「了解であります!沖田隊長!!」

敬礼する隊士に私も頭を下げて、門の前を通る。

沖田さんは隊士に手を上げて、私と同じように屯所へ入ってきた。

「どこ行ってたんですかィ?野郎が探してまさァ。」
「あ…土方さん、もうお帰りなんですか?」
「ついさっき。」

そっか…、
もう戻って来てたんだ。

欠伸をする沖田さんは、屯所でお留守番係。
土方さん達と一緒に出動していなかった。

「どうだったんですかね、攘夷の方は。」
「成功でさァ、14人逮捕。アジトも消滅。」
"まァ氷山の一角ですがねィ"

その報告にホッとして「良かったです」と言った。

すると沖田さんは「紅涙の報告は?」と言う。

「え?」
「最近の状況からして…万事屋に行ってたんだろィ?」
「えぇ?!」
「つっても今日は仕事じゃねェはず…。」

すごい鋭さだ。
私は顔を引きつらせて沖田さんを見た。

「俺を誰だと思ってるんでィ。ドSは騙されねェんでさァ。」

関係なさそうなその言葉も、沖田さんが言えば納得できる。

私は静かに頷いた。

「飽きたんですかィ?野郎に。」
「そっそんなこと」
「それならあんまり褒められる行動じゃありやせんねィ。」
「…はい。」

沖田さんは「俺なら許せやせんねィ」と続けた。

土方さんの立場を考えればその通りだ。
軽率な行動。

だけど…とか、
でも…とか、

私の中で思うことがあっても、今は口にする時じゃないと思った。

「すみません」と小さく謝れば、
「俺は土方さんじゃありやせんよ」と言われた。


「気をつけなせェ、紅涙。」


沖田さんの声が真剣で。
急に何事かと思って顔を見たけど、顔色はいつもと同じだった。

「俺ァ引っかかるんでィ。」
「…何が…ですか?」
「万事屋の旦那。」
「え…?」

足を踏みしめる度に、廊下が軋む。


「自分が思ってる以上に、周りは敵だらけかもしれやせんよ?」


沖田さんの言葉は、風のように私を通り過ぎた。

色んな声と色んな音がする屯所なのに、

私の頭の中には、
沖田さんの声だけが響いていた。


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