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朽葉色
(くちばいろ)


山崎が挙げた攘夷浪士のアジトに向かう前、
顔色の冴えない紅涙を見た。

『どうした?』
『いえ、…何も…。』

その後ろで、
とっつぁんの娘が厭に笑んでいたのが引っかかって。

『顔色悪ィな。紅涙はもう休め。』
『…はい。すみません。』

そいつと紅涙を引き離すために休ませた。
俺が居てやれれば良いが、生憎今は急を要す。

すまねェ紅涙。

そう思いながら、紅涙の頭を撫でた。


山崎の案内で、俺と三番隊が正面に立つ。
裏には六番隊を配置した。

「山崎、人数に変わりは?」
「いえ、ありません。14人のままです。」
「よし、」

俺は無線で六番隊へ促す。

「いいか、俺たちが先に突入する。お前らは建物外へ逃げ出す奴を取り押さえろ。一匹も逃すんじゃねェぞ。」
『了解しました!』

無線を切り、山崎に目を向ける。
山崎はコクリと頷き、俺は建物を見据えた。

「よし、…突入!!」

俺の一声に、待ってましたと言わんばかしに叫ぶ他のヤツら。
雄叫びに近い声で気合を叫ぶ隊士を引き連れ、駆け込んで行った。

一人捕まえ、
二人捕まえ。

負傷者もなく、全員を取り押さえることができた。

ぞろぞろと連れて行かれる攘夷浪士を見ている時、山崎が「やりましたね!」と言った。

「久しぶりの手柄っすね!」

言われてみれば確かに。
ここ数日、真選組には手柄らしいものがなかった。

「局長、絶対喜びますよ!!」

山崎が言ったその言葉の通り、

「トシィィィ!!」
「…。」

屯所へ帰った時、
げんなりするほど嬉しそうな近藤さんが俺に向かって走ってきた。

「やったな、トシ!これで俺ァとっつぁんに責められずに済む!」

思わず"とっつぁん"の単語で眉間に皺が寄る。

だが近藤さんはそれに気づくこともなく、「今日は無礼講だ!」と笑った。

「今日頑張った三番隊と六番隊で!よし、早速予約だ!」
「そりゃァねーでさァ、俺も行きますぜィ。」
「総悟っ、テメェどこから」
「総悟はダメだろー。俺たちが行くのは大人な場所だからな!」

近藤さんは「な!トシ」と言って俺の肩を持った。
総悟は「見張りするよォ言ってきまさァ」と勝手に言って去って行った。

「近藤さん、俺ァ行かねェ。」
「え?!何言ってんの!トシが仕切ってたのに行かないわけないだろ?!」
「なら紅涙も連れて行く。」
「…えェェェェ?!」

近藤さんは「でも夜の街だし」と渋った。
俺は「呑むだけなら気にしねェよ」と言った。

「でもでも、紅涙ちゃんが楽しくないかもしれないぞ!?」
「俺が相手する。」
「トっトシィィ〜…、」
「駄目だっつーんなら行かねェ。」

近藤さんは少しの沈黙の後に「仕方ない」と言った。

「だが紅涙ちゃんを連れて行くんなら、栗子ちゃんにも声掛けろよ?」
「…。」
「トシお前…掛けないつもりだったのか。」
「知らなけりゃ済むだろーが。」

当然、連れていきたくなんてない。

それに、
仕事以外の場所でまで、あの女の面倒を見るのはうんざりだ。

「なっ何言ってんだよ、トシ!栗子ちゃんはとっつぁんの娘さんだよ?!愛娘さんだよ!?」
「…知ってる。」

近藤さんは俺の肩を揺らす。

「もしご機嫌損ねちゃったら、俺たちもしかするとクビだよ?!てか、絶対クビ!!」
「…。」

クビなんて恐くねェ。

そう口にしそうになった時、
「トシだけの問題じゃないんだぞ!」と言う近藤さんの声が耳に刺さった。

俺たちには、何人もの同士がいる。
仲間には、家族がいる。

軽々しく、"知らねェよ"なんて言えるはずもなかった。

「…分かった。」
"声だけ掛ける"

浅い溜め息と一緒に近藤さんへ向きなおせば、「頼むぞ!」と近藤さんは俺の背中を叩いて歩いて行った。

仕方ないことだ。
だが言い方は色々ある。

行きたくないような言い方をすればいい。
あの女が嫌だと思うような言い方を。

その前にまず紅涙に言おう。

そう思ったのに、
紅涙が見当たらない。

「おい総悟、紅涙を知らねェか?」
「知りませんぜ。そーいや見てねーや。」

フラフラと歩いていた総悟に聞いても知らないと言う。

考える俺に、総悟は"にやり"と書いた笑みを向けた。

「旦那のとこじゃありやせんかィ?」

俺はすぐに「違う」と言った。
頭で考えるよりも先に、喉が"違う"と言っていた。

「今日はあっちの仕事じゃねェ。」
「知ってまさァ。」

すぐに返した総悟を見た。

「何ですかィ?土方さん。」

まるで"仕事とは言ってませんが?"とでも言ってるかのような顔。

「…いや、まァ見かけたら言え。」
「へいへ〜い。」

気にするな。
いつものことじゃねェか。

総悟が俺をまたからかってるんだ。

気にすることじゃない。

たとえそうだとしても、
紅涙は俺の女だ。

何も心配はねェ。

「お帰りなさいでございまする!」
「…あァ。」

自室に戻れば、鬱陶しいほどの笑み。

もともと疎ましい存在ではあったが、なぜこれほどに疎むようになったのか。

「栗子は心配したのに、紅涙さんってばどこかへ行ってしまいましたでございまする。」
「…。」

あぁそうか。

「休めって副長からの指示でございましたのに…、」

こいつが紅涙を話す時の目だ。

笑んでるつもりだろーが、
俺の目は誤魔化せやしねェ。

「職務放棄でございまするね!」
「…煩ェ。」

この女、

濁ってやがる。


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