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本緋色
(ほんひいろ)


土方さんが戻っているというので、私は副長室へ向かった。

どうやら早々に帰っていたようで、既に廊下まで煙の匂いがする。

声を掛けようと息を吸った時、

「…煩ェ。」

とても低い声が聞こえた。

この声は、
機嫌の悪い声。

続けて栗子さんの引きつった声がした。

「ごっごめんなさいでございまする…、」

何があったのだろうか。

さっきあんなことがあった栗子さんだけど、土方さんから怒られるのは同情する。

入りにくい空気ではあったが、
私がここに立っているのが分かるのも時間の問題。

「し、失礼します、」

思わずドモってしまったが、声を掛けて襖を開けた。

土方さんは一瞬黙ったが、「おォ」と言ってくれた。
私を見た栗子さんは予想以上に驚いた顔をした。

「いつから居らっしゃったでございまするか?」
「つい…さっきです。」
「そうでございまするか…。」

そりゃそうだよね、
自分が怒られてるの、あんまり聞かれちゃ嫌だよね。


「あっあの、私、何も聞こえませんでしたから。」

伝わるかは分からないけど、栗子さんに言った。
栗子さんは私を静かに見上げて、何の表情もない顔で顔を背けた。

この子、
もう私に嘘をつかないつもりなんだ。

私に隠していた土方さんへの気持ち、
私に対しての気持ち。

全部、
隠さないつもりなんだ。

「紅涙、体調は大丈夫なのか?」
「っ、ぁ、はい、」

私は土方さんの言葉にビクりとなり、すぐに頷いて見せた。

「ごっご苦労様でした。それに、おめでとうございます。」
「あァ。」

順番は逆になったけど、頭を下げれば「そのことだがな」と続けた。

「これから三番隊と六番隊で宴会するらしいんだが、」
「ほんとでございまするかぁ?!栗子、宴会って初めてでございまする〜っ!!」

土方さんはハシャぐ栗子さんを見て、眉間の皺を寄せる。
私は返事をするタイミングを逃して、土方さんに苦笑した。

「隊服では行けねェからな、着替え次第行く。いいな、紅涙。」
「分かりま」

「畏まりましたでございまする〜!」

ダダッと栗子さんは走っていく。
更衣室替わりに使っている部屋まで着替えに行ったんだろう。

私は彼女にも苦笑して、「それじゃ着替えますね」と自室へ向かう。
と言っても、副長室との襖の隔たりはないけど。

さすがに閉めるべきだよね、

そんなことを考えていれば、後ろから「紅涙、」と呼ばれた。

「あの女に何もされてねェか?」
「え…?それはどういう…、」
「何もねェんならいい。だが気になんだよ、どうにも」
「大丈夫ですよ。」
「…、」

言うほどじゃない。
だって無視すればいいだけの話だもの。

ただ、
踏み台にはさせてもらいます。

「私なら、大丈夫です。」
「…紅涙、」
「まだ栗子さんは若いですからね、きっと自分の物にならないと我慢出来ないんですよ。」
"感情も、真っ直ぐに出てしまうんですよ"

土方さんへ微笑み、「着替えますね」と襖に手を掛ければ後ろから抱きしめられた。

「…紅涙は落ち着いてるな。」
「そんなことないですよ。」

土方さんには申し訳ないけど、
私が今そう見えるのは栗子さんのおかげ。

「私も、不安ですよ。」
「…、」

栗子さんが真っ直ぐに隠さないのなら、
私も同じようにする。

「土方さんが、どこかに行っちゃわないかって。」
「…馬鹿野郎、」

チュッと土方さんの唇が首に触れる。


「行くわけ、ねェだろーが。」


振り返るように向けば、唇に唇が触れた。


「逃がしゃしねェよ。」


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