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思ひの色
(おもいのいろ)


近藤さんと松平長官に続いて入った揚屋。
歩く廊下は塵一つなくて、
通り過ぎる襖は、どこもかしこも煌びやかだった。

前を行く二人は楽しそうな背中が揺れてるのに、

隣を歩く土方さんは、ずっと無言だった。
それどころか、ひどく険しい顔をしてる。

「大丈夫ですか、土方さん。」
「…あァ。」

低い声で短い返事。
今ここに気がない証拠だ。

こうなったのは揚屋を見た時から。
つまりこの揚屋と関係がある。

考えようとしなくても、容易に頭に浮かんだ。

"雪華"さん。

そうか、
とうとう、
私はこの目で見てしまうのか。

「帰りますか?」

私は前を行く近藤さん達には聞こえない声で土方さんに言った。

自分への助け船にも思えた。

帰りたい。
雪華さんを見ると、頭で理解していた時よりも現実味を帯びそうで。

ここで土方さんが帰るって言ってしまえば、また当たり障りない日々になってしまうのに。

逃げ帰りたい私と、
ここで終わらせたい私が居た。

「帰るんなら、私言って来ますよ。」
「…。」

歩きながら土方さんの顔を覗き込めば、私を一瞬見て目を逸らす。

眉間の皺をまた濃くさせて、
一呼吸置いた土方さんは、

「…いや、いい。」

私の目を見て、微笑んだ。

「…そうですか。」

私はそれに、同じような顔をして返した。


大丈夫、
何も弱気になることはない。

たとえ雪華さんに会っても、
私は私のままで居ればいい。

土方さんを好きな、私で居ればいい。

グッと手を握りしめた時、「紅涙、」と土方さんが小さい声で呼んだ。

「もしとっつぁんが何を言ってきても、気にするこたァねーからな。」
「?…はい、分かりました。」

首を傾げながら返事をすると、「そうだ、」と続けた。


「これが終わったら、桜、見に行こうな。」


土方さんが小さく笑って言う。

「桜、ですか?」
「あァ。」
「でもまだ花の季節じゃ」
「いいんだ、別に咲いてなくても。」

私は土方さんの顔を見上げる。
土方さんは「あの駅前の、」と言った。


「駅前の桜、またお前と見てェんだ。」


あぁ、


「俺達、あそこから始まった気がするからよ。」


私も、
土方さんも、

何も変わらない。


「全部、終わらせたら行こうな。」


何を終わらせるの?
なんて、思わなかった。

土方さんには土方さんの問題が合って、
私には私の問題がある。

私はもちろん雪華さんであり、
栗子さんでもあるけど、

「はい、そうですね。」

その時、

私はまた、
土方さんの隣で笑ってる気がした。


「おーここだここだ。」

近藤さんの声で、
私と土方さんは前を見る。

その時に松平長官と目が合って、どうしたらいいのか戸惑った。

だけど近藤さんが、

「さァとっつぁん、入ってくれ!」

そう声を掛けたので、長官はスッと中に入ってしまった。

何か言いたかったのかな。

そんな風に考えたけど、
入った部屋の料理に驚いてすぐに忘れてしまった。

「うわ〜っ、すごいですね。さすが松平長官の奢り…。」

私の席は土方さんの隣。
決められた席ではなかったけど、入ったままその席になった。

「料理だけじゃありやせんぜィ、今日は呑み放題でさァ。」
「おっ沖田さん?!もう呑んでません?!」

片手に一升瓶を下げて私の隣に沖田さんが座った。

まだ始まってもないのにこんなことを出来るのは、きっと彼だけだ。

「沖田〜、テメェもう呑んでんのかァ?」
「あ、とっつぁんじゃねーですかィ。こりゃどーも。」

いつの間にか向かいの席に座った松平長官に、沖田さんが一升瓶を掲げる。

私がそれに冷や冷やしてると、隣から土方さんが「総悟!」と一喝した。

「早く始めやしょうぜィ、近藤さん。」
「あぁそうだな!だがまだ」
「近藤〜、揃ってねェ奴は放っておいても来るだろーよォ〜。」
「とっつぁんがそう言うんなら…始めるか!」

近藤さんは立ち上がって、声を張り上げた。

労いの言葉が終わって、
次からの意気込みが終わった頃、
松平長官も挨拶をして。

「よーし!それじゃ今日はとっつぁんに感謝して呑めよ!」
"迷惑掛けねェ程度にな!"

ガラスのコップが色んなところで持ちあげられる。

「かんぱ〜い!!」

そうして、
盛大すぎる場が、始まった。


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