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韓紅色
(からくれないいろ)


近藤さんの開始の声とともに、
放っておいてもガヤガヤと周囲は賑やかになった。
向かいに座る近藤さんと松平長官が話す二人の会話も聞こえないぐらい。

乾杯のビールはみんなすぐに終わって、ひっきりなしに店の人が出入りする。

私は酎ハイ。
土方さんは日本酒。

「紅涙、マヨネーズは?」
「ないですよ、それにこんなところまで使っちゃ駄目です。」

困ったように笑えば、
土方さんは傍にあった猪口を思いっきり含んで「ンでだよ」と小さい声で反発した

「あ、お酒入れましょうか?」
「…おゥ。」

不貞腐れたように返事をする。

そうだ、
土方さんはこんな子どもっぽいとこもあった。

何だか最近見てなかったな。

「ふふ、」
「ンだよ。」

私は徳利を傾けながら土方さんに「別に何も」と笑った。

「気になるじゃねーか。」
「大したことじゃないですよ。ほら、こんな風に呑むのは久しぶりだなぁと思って。」

土方さんは少し考えた素振りを見せて、「それもそうだな」と言った。

「いつぶりだ?」
「そうですねぇ、えっとぉ…、あっ!そうだ、土方さんが真選組に戻ってき…、…。」
「…、」

"土方さんが真選組に戻ってきた時"
それはつまり、私が薩摩から帰って来た時で。
それはつまり、土方さんの中に私が無かった日。

「…はは。とにかくこんな呑み会、久しぶりで楽しいですね!」

私は誤魔化す様に笑い、箸を持つ。
土方さんは「そうだな」と短く言って、お酒を呑んだ。

いつか、
こんなこともあったと笑える日が来るのかな。

アルバムみたいに二人で捲って。

時間に想いを拘束されない日が来るのかな。

そうなった時も、
土方さんは隣で「そうだな」って言ってくれるよね。


「遅くなりましたでございまする〜っ!!」


ガヤガヤとする声と相反する黄色い声がした。

その声の方を見れば、
襖の前で他の隊士に声を掛けられている、

「栗子さん…、」

また違う着物を着た栗子さんだった。
髪も少し違う。

そりゃそうか。
少しぐらい、お洒落してくるよね。

それに比べて私は。

「私も髪飾りとか付けようかな…。」

お酒のせいで口が緩くなっているのか、
思わず呟いた私の言葉に、土方さんの「バーカ」と感情のない声が返ってくる。

土方さんは、さも当然といった顔をして。

「お前はそれでいいんだよ。」
「…、…でも栗子さん、可愛いでしょ?」
「欲しィんなら買ってやる。だがな、」

いつだって、土方さんは。


「お前はお前でいい。」


土方さんは、私を喜ばせる方法を知ってる。

「土方さ」
「クッセ。おいお前らァー、土方コノヤローが臭ェこと言ってまさァ!」
「総悟っ!お前いつの間に後ろにっ!!」
「いけねェな、土方さん。そんなことじゃァ俺が副長になるのも明日の話でさァ。」
「早っ!」

いつの間にか私と土方さんの間に沖田さんが座っていた。

「紅涙はこんな臭ェヤツでいいんですかィ?」なんて言って、火照った頬で見つめてくる。

「ちょっと沖田さん、呑みすぎじゃないですか?」
「おい総悟。それ以上、紅涙に近づくな。」
「やだやだ。これだから束バッキーは嫌でさァ。」

溜め息を吐くが、その息はアルコールを含んでいる。

その後ろで土方さんは沖田さんを制止するように左肩を掴むけど、沖田さんは私にまたひとつ近寄る。

「紅涙、俺ァ束縛なんてしやせんぜィ?」
"縛ったり、括ったりはしますけどねィ"

言い終わった後、土方さんがゴンと沖田さんを殴った。
沖田さんは小さく呻いた後、そのまま眠ってしまった。

「もう…どうするんですか土方さん。」
「放っとけ。またすぐに起きて呑むだろ。」
「悪循環じゃないですか。」

眠った沖田さんを見て笑った時、


「おぉ栗子!遅かったじゃねーかお前。」


松平長官の大きな声がした。

「ほらお父さんの横に座りなさい。」
「嫌でございまする!栗子は副長の隣でございまする!!」
「全く誰に似てこんな我が侭なんだかなァ〜。」
"可愛いヤツめぇ〜"

長官はガハガハと笑って、
栗子さんは私と土方さんの間に立った。

私を見ることもなく、
栗子さんはここで寝転ぶ沖田さんを見て驚いた。

「沖田隊長、どうしたんでございまするか?」
「ただの酔っ払いだ。」
「まァ。それならこの場所を栗子に譲ってくださいませ。」

栗子さんは寝ている沖田さんをこちらに寄せて、土方さんの傍に座った。

「副長。栗子、どうでございまするか?」
「あァ?」
「着替えてきたでございまする!」
「…。」
「おいトシー。可愛いよなァ俺の娘わよォ。」

松平長官が娘を思う溺愛っぷりは噂に聞いていた。
だけどまさかここまでだとは。

それならば、
きっと私のこともよく思ってないんじゃないか。

愛娘が失恋したのは私のせい。
私が、居るから。

…だけど。

私は間に入るように「松平長官!」と声を挙げた。

私のこと、
もっとよく思わなくなるかもしれない。

仕事、
今度は辞めさせられるかもしれない。

それでも、いい。

土方さんに、
これ以上栗子さんを押しつけてほしくないから。

「お酒、注ぎましょうか?」

私はお酒を持ち上げた。
長官は「おっ、気が利くねェ〜」と言った。

こちらから向かいへと酌をしようとすれば、
「こっちこっち」と長官は自分の隣を叩いた。

私はニコりと顔に笑みを作り、「はい」と返事をした。


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