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紅絹色
(もみいろ)


「失礼します。」

松平長官の隣に座った時に気付いた。
初めにここに居たはずの近藤さんが居ない。

当然と言えば当然か、
もう向こうの隊士たちの間に座っていた。

「お〜、真選組の紅一点。どうだ?苛められてねーか〜?」
「皆、優しいのでとても楽しいです。」

私は長官に笑って酌をする。
長官は黙って注がれていくお酒を見る。

時折、
向かいから栗子さんの黄色声が聞こえる。
その間その間で、低い土方さんの声。

「楽しくなさそーな顔じゃねーかァ?紅涙ちゃん。」
「えっ、いえそんなことは」
「トシがそんなに好きか。」
「っ…、」

いきなり投げられた言葉に、思わず背筋が伸びる。
長官の口調がいつもと変わった。

松平長官はお酒を口に付けて、「何でアイツなんだかなァ」と言う。

「俺ァ言ったんだ、栗子もアイツのこと言った時にな。」
「何と…仰ったんですか。」
「真選組の男は止めろ。」

初めて、
長官の目が私を捉えた。

サングラス越しでも分かる、ちゃんとこちらを見る目。

「…それは…どうしてですか。」

この話は掘らない方がいい。

分かるのに、
分かりたくない。

「俺がそう思うからだ。」
"紅涙ちゃんより何十倍も生きた俺が"

思わず、声を挙げそうになった。

"あなたの人生観だけで物を言わないで"って。

経験は大切だし、
そこから見出せるものはきっと価値がある。

間違いも少ないかもしれない。

だけど、

「私は…、…私はそう思いません。」
「…。」

だけどそれだけじゃない。

あなたは理解できないかもしれない。
あなたの生きた道に例がないから。

「私はずっと真選組と…土方さんと一緒に居たいです。」

私は長官を真っ直ぐに見て言った。
松平長官は同じように私を見て、鼻で小さく嘲笑った。


「今日が終わるまでそれを貫いたら、お前の意見も聞いてやる。」


周囲は煩いほど音を立ててるはずなのに、

私の耳には、
松平長官の音しか入っていなかった。


私から先に目を逸らせば、殺されてしまいそうな気さえする。

しかし、先に目を逸らしたのは長官だった。

「おい、そろそろ呼べ。」

近くを通った店の人に声を掛ける。
まだ黙っていた私に、松平長官は「その話は終わりだ」と言った。

そして一際大きな声で「近藤ォォ!!」と呼んだ。
ずっと先で、近藤さんが「はい!」と言って立ち上がった。

「俺ァちょっと出てくるから、お前らは楽しんどけ。」
「了解しました!」

近藤さんは敬礼をして、松平長官が立ち上がる。

何だ。
帰るんだ、松平長官。

そんなことを思っていると、土方さんが私の隣に来た。
もちろん、へばりつくように栗子さんも一緒に。

傍に座っても土方さんは何も言わないけど、私をじっと見てくるその眼に微笑んで見せた。

"大丈夫ですよ、あなたが心配することは何もありません"

そんな意味を込めて笑った。
土方さんに伝わったのか、頭を撫でてくれた。

それだけで、私は十分だ。

長官と入れ違うようにゾロゾロと人が入ってきた。

それは、夜の華。

「待ってましたァァ!」
「これからが楽しくなりそうじゃねーの?!」

隊士たちが騒ぐのは当然。
この揚屋の遊女たちが何人も入ってきた。

これはきっと店ひとつ貸し切ってる。

綺麗に着飾った女の人が、本当に華を散りばめるように広間に座って行く。

「すごいですね」なんて言いながら、私は土方さんにお酌をした。


その時。


「私がしますよってに。」


上品な声が、頭の上からした。

振り返る前に、
土方さんの顔が目に入った。

目を大きく開けて、言うなればそう愕然とした様子。

そして私の胸が騒いだ。

振り返って目に飛び込んできたのは、


「雪華言います、よろしゅうに。」


白くて黒い、

アゲハ蝶のような人だった。


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