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聴色
(ゆるしいろ)


手の中で鳴る携帯。
私は宴会場を出てすぐに通話ボタンを押した。

「もしもし?」
『おー俺俺。今いいか?』
「大丈夫ですけど…万事屋さん、どうしたんですか?」

ディスプレイを見た時は驚いた。
私の携帯に掛けてきたことなんてなかったから。

『あー…、あのよォ、ちょっと出て来れねェ?』
「今ですか?」
『おォ。』

今か…。
まだ宴会もお開きになりそうにないけど、
松平長官出て行ったし、いいかな。

土方さんにだけ言って行けば大丈夫か。

「分かりました、じゃぁ土方さんに言ってから行きますね。場所は」
『それなら問題ねェよ、野郎は知ってる。』
「え?!そ、そうなんですか。」

何だろ。
土方さんにまで既に連絡してることなんて。

『紅涙、とりあえず下りて来てみ?』
「?…はい、分かりました。」

私は電話を切り、階段を下りて揚屋から出た。
すると「こっちこっち」と声が聞こえて、右の路地から顔を出す万事屋さんが居た。

「こっこんなとこでどうしたんですか?!」
"よく分かりましたね、ここだって"

傍には相棒の原付も止まっていて、万事屋さんはそれに軽く腰を掛けながら腕を組んだ。

「俺さ、今から万事屋に帰んだけど一緒に帰んねェ?」
「え…いえ。さすがにここを離れるわけには…。」
「何でさ、紅涙ちゃんって真選組に居んの?」
「え?」

何…?
万事屋さんの言いたいことが分からない。

「普通の女の子がさ、何であの野蛮なところに居んの?」
「そ、それは…、色々…ありまして。」
「色々って?」
「…。就職活動してる時に土方さんと駅でぶつかって、履歴書が飛んで…。話せば長くなりますよ。」

私が真選組で働くことになったのは、土方さんだ。

そう。
ずっと、
ずっと初めから、
私の中心に、土方さんは居るんだ。

「辞めねェ?真選組。」
「え?!なっ何を言って…、」
「荒んでるぜ?ここの組織。」

万事屋さんは細く息を吐いて私を見る。

その眼は、
やる気のない目じゃなくて。

「お前をこれ以上ここで働かせたくねェ。」

分からない、ことばかりだった。

どうして万事屋さんはここに居るのか。
どうして掴みどころのない話ばかりするのか。

どうして、

「どうしてそんなこと…言うんですか…?」

万事屋さんが真剣な目をして、そんなことを言うのか。

「…紅涙、お前が万事屋で働くことになったのは偶然なんかじゃねェ。」
「…万事屋さん…?」
「俺がここに居るのだって、野郎は知らねェ。」
「ど、どういう…こと…、」
「全部、…仕組んだことだった。」

待って。
ちょっと待って。

話が、呑みこめない。

「あの日、真選組でお前に会うようゴリラに嘘ついて近づいた。」
「…。」
「紅涙を万事屋に連れて来て、土方から引き離す。」
「っ…、」
「それが…今回の仕事だった。」

万事屋さんは懐から茶色く分厚い封筒を取りだした。


「現金支給だってよ。いいね、おたくの長官は。」


そこまで言われて、ようやく理解した。

「俺の仕事は紅涙をここに呼びだして終わり。」
「そ、んな…、」

やっぱり、
松平長官は私のことをよく思ってなかったんだ。

それどころじゃない。

私たちを、
引き離さそうとまでしていた。

「ひどい…っ…、」

人を遣ってまで、私たちを引き離そうとするなんて。

たとえ離れてしまったとしても、
そんなことをしてまで栗子さんは土方さんを欲しているの?

こんな形で、満足なの?

「…紅涙、」

万事屋さんが居るのも忘れて、
私の頭の中は渦のように色んな思いが掛け巡っていた。

そんな私の肩に触れて、
万事屋さんは「正直、」と言った。

「正直俺はお前のことなんて知らなかったし、この話が来た時は嬉しかった。」
"何より、纏まった金だしな"

万事屋さんの言葉に、思わず私の眉間に皺が寄る。

「俺も土方のことは良く思ってねェし、理由は知らねェがその子が不幸になるっつーんならって受けた。」

原付から腰を浮かせ、万事屋さんは「だがよォ、」と続けた。


「キナ臭ェと思ってちょっと調べりゃ、随分な手使ってるみてェでな。」
「"随分な、手"…?」
「どんな金でも金は金だけど、やっぱ臭ェ金は掴めねェわ。」

ガシガシと頭を掻いた万事屋さんを見ながら、私の心臓は落ち着く暇もなく動く。

万事屋さんは数歩歩いて、私の方へ振り返った。

「紅涙、土方のこと好きなんだろ?」

私はその言葉に迷わず頷いて「はい」と返事をした。
「ほらな」と万事屋さんは鼻で笑った。

「思い合ってんのに何が不幸になるっつーんだよな。」

そう言って、
私に向かって手を出した。

「何があっても、その気持ちが変わらねェ自信は?」

私は万事屋さんの手を取って、

「あります。」

揚屋の中へと戻った。


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