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蝋色
(ろういろ)
「おい、今日宴会以外に取ってる部屋はいくつだ?」
広間へ戻ろうとした私を止め、万事屋さんは番頭に聞く。
「それはお答え致しかねます。」
「あァん?俺ァ知り合いだ。」
「そう言われましても…。」
万事屋さんは番頭の胸倉を掴み、揺らした。
「急用なんだよ、早く教えろ。」
「しっしかしですね、」
「グダグダ煩ェんだよ、早く教えろっつってんのが分から」
「万事屋さん、待って。」
私は筋立った万事屋さんの拳を抑え、懐から手帳を出した。
「私も真選組です。お願いします、急いでるんです。」
それを見た番頭は、
渋々「分かりました」と返事をして、部屋を教えてくれた。
その部屋までの道のり。
「万事屋さん、」
「ん?」
広い彼の背中を見ながら、私は小さい深呼吸をした。
「どうして…、個室だと思ったんですか?」
頭の中には、考えたくないことばかりで溢れてて。
「ンなの簡単なことよ。俺が紅涙を連れだすまでは決まりきったことだぜ?その間に何か企んでるに決まってらァ。」
私は返事をすることが出来なかった。
頭のどこかで分かってたことを、信じたくなくて。
「…やっぱり、…怖いですね。」
忙しなく動く胸を押さえれば、自分の弱さが浮き彫りになる。
何も、なかったらいい。
部屋には誰も居なくて、思いこみ過ぎだったんですねって。
笑えれば、いい。
さらにギュっと胸を押さえた時、
「それで、いいんだ。」
万事屋さんが足を止めた。
「怖ェもんは怖ェし、見たくないもんは見たくねェ。」
「っ…、」
「人間なら当然のことだろ?」
遠くから、隊士たちの笑う声がする。
他の部屋からも声が僅かに漏れてて。
もしかすると耳を澄ませば、聞きたくないことも聞こえるような気がして。
私は万事屋さんの言葉に、鼓動が揺れた。
「だからな、紅涙。そういう時は、お前が思う様にすればいい。」
万事屋さんは私に振り返る。
「この場を誤魔化して強がれても、必ず歪みは出来ちまう。それが壊れる時、お前はまた強がらなくちゃなんねェ。」
「…、」
「ンなことして、潰れちまっても紅涙が勿体ねェだけだ。」
腕を組んだ万事屋さんは、うんうんと頷いた。
「お前はお前の信じるものだけを考えればいい。」
私を真っ直ぐに射抜いた万事屋さんはニィっと笑って、
「野郎に嫌気がさしたら、いつでも来な。」
頭をグシャグシャに撫でた。
見上げた万事屋さんは、光を反射した髪のせいか輝いて見えて。
強くて、
優しいこの人を見ると、
何故か無性に、
土方さんに会いたくなった。
「…行くか、」
私は、土方さんを信じてる。
何があっても、
何を見ても。
「はい、」
あの人だから、
今までずっと頑張ってこれた。
それを、
今まで通りに想い続けるだけ。
「開けるぞ。」
「…万事屋さん、私が…開けます。」
私は大きく息を吸って、その襖を横に引く。
軽いはずの戸は、決して軽くなくて。
でも重く感じる戸を引くこの手が震えてることに、私は眼を背けなかった。
「…失礼します、」
薄暗い部屋も、
酒臭い部屋も、
全部、怖い。
「紅涙、大丈夫か?」
「…はい、」
万事屋さんに返事をして、私はさらに襖を開けた。
そこには、
「キャッ…、」
小さく悲鳴を漏らし、布団を手繰り寄せた栗子さんが居て。
「…何、してるんですか。」
その奥には、土方さんが横たわっていた。
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