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退紅色
(たいこういろ)


土方さんの元を離れて、自室までの廊下。
私の足早な音が廊下に小さく響く。

「あんなこと、っ…するつもりじゃなかったのに…、」

駄目だ、駄目だ。

我慢、
しようと思ったのに。

「冷静に…っしようと思ったのに…、」

あからさまに態度として出てしまった。

もっと、
もっと大人に振舞うはずだったのに。

私、
きっと土方さんの記憶を取り戻したことで甘えてる。

なくしている間も私を想ってくれてたから。

その自信が、
きっと過剰になってる。

「これじゃ…子どもと同じ…、」

落ち着かなきゃ。
私は土方さんに何も聞いてないのに。

…、
だけど…、

土方さんに、聞ける…?

自室の前で、はぁと落ち着かせるように溜め息をついた。
スッと開けた襖の先に、

「っ、」
「あっ、お邪魔してるでございまする!」
「く、栗子…さん…、」

こちらに背を向けて礼儀正しく座っていたのは、栗子さんだった。

あの時ぶりな彼女は、
可愛らしい桃色の着物を着て私に笑う。

「び、びっくりしました…。」
「ごめんなさいです…、近藤さんが"久しぶりだろうからこの部屋で待ってて"と仰られたので…。」
「そ、そうですね、栗子さんがここ使ってたんですもんね…。」

私の今使っている部屋は、元はと言えば彼女が使っていた部屋。
その部屋は副長室の隣で、
私がいた部屋と挟まれるようにして存在するため、新人の彼女には良いだろうと使わせていた。

だけど栗子さんが居なくなって、
土方さんの記憶が戻って。

それに気を利かせた近藤さんが、私を栗子さんの部屋へ移動させた。
彼女の部屋は、家具を移動させれば副長室へ繋がる部屋だったから。

「何だか全然違う部屋みたいでございまする…。」

栗子さんは部屋を見渡して言う。
私はそれに苦笑いをして「少し模様替えをしたので」と言った。

私の部屋と副長室。
今は常に襖も開け、ほぼ一室として使っている。

「マヨラ様の匂いがしまする…。」

鼻を動かす彼女に私は居心地の悪さを感じた。

彼女は、
土方さんを好きで。
でも諦めて。

「…今日は、どうしたんですか?」

私は副長室との境の襖を閉めた。

嫌な不安が、
胸を駆り立てたから。

締め切った後、彼女を見れば興味深そうな大きな目が私を捉える。

でもそれはすぐにニコリと細められて。

「ご挨拶が遅れました、お久しぶりでございまする。」

正座をして、三つ指を綺麗に揃えた彼女が頭を下げる。
私は慌てて同じように正座をして、頭を下げた。

「おっお久ぶりです、栗子ちゃん。」

頭を下げたけど、何だか私がすれば形が崩れていてシックリこない。

やっぱり栗子ちゃんはお嬢様だ。
松平長官自慢の娘だ。

そんなことを思っていれば、頭の上からクスクス笑い声が聞こえる。
それに促されるように顔を上げれば、栗子さんは「堅苦しいですよね」と困ったように笑う。

「う、うぅん、私こそ挨拶が遅れちゃって…。」

慌てて顔を横に振れば、またクスクス笑う。
口元を隠して笑う彼女は、何だかとても雰囲気のある女性に感じて。

「栗子ちゃん…、また綺麗になったね。」

自然に口から出ていた。
栗子ちゃんは少し驚いた顔をして、「ありがとうございまする」と微笑む。

「紅涙さんは変わってなくて嬉しいでございまする!」

その言葉で、気づいた。
彼女はそんなつもりなんて欠片もないと思う。

だけど私の中で、
小さな波紋が確かに打ち寄せる。

また、

私だけ、
立ち止まってる。

あの頃も、
栗子ちゃんに何度も触発された。

彼女を見ると、私はあまりにも歩いてなくて。

今も過去にしがみ付いた私は、歩こうとせずに同じ場所にいる。

私が俯いていれば、「紅涙さん?」と心配そうな声が掛かる。
顔を上げて、「ごめんなさい、」と苦笑した。

「…えっと、今日は…?」
「あ、そうでございました!」

彼女はにっこりと笑って、「明日から、」と言葉を続けた。

「明日から、また暫くお世話になりまする!」
「…え…!?」

栗子ちゃんは変わらずニコリとしたまま頷いて。

「バイトでございまする。実は栗子…、コンビニを辞めて…。」
"それで次の仕事先が見つかるまでここでと"

話を聞けば、これを許可したのは近藤さんだという。

モヤモヤする心を伏せて「そうですか」と言った。
「頑張りまする!」と栗子さんは笑った。

何も、言えるわけないんだから。
何も、思わない方がいい。

私はモヤモヤするその真意を探ろうとしなかった。
振りきるように、栗子さんに「よろしくお願いします」と声を出した頃、


「おい、紅涙。」


私と副長室の襖。
その向こうから聞こえる声。

顔を向けるよりも早く、

「何閉めてんだよ、」

土方さんが襖を開けた。


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