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白殺し色
(しろころしいろ)


「お前…もう来たのか。」
「はい!挨拶を申し上げに参りました!」

土方さんは襖を開けるなり私に険しい目をして見せたけど、すぐに栗子さんの姿に目を丸くした。

「まァいい。あーそうだ、隊服。持ってたんだよな?」
「はい、明日から着て参ります!!」

栗子さんを見やれば、少しだけ上気している頬。
それがまた、彼女を一段と女らしく見せた。

「紅涙、まァそういうわけだから。」
"またよろしくしてやってくれ"

土方さんは、栗子さんを見ても驚いた素振りがなくて。

「土方さんも…ご存じだったんですか。」
「あァ?…まーな。」

どうして…、
私に言ってくれなかったんだろう…。

「…、…栗子。」
「何でございまするか?」
「もう挨拶は済んだだろ、帰れ。」
「えェェェ?!まっまだマヨラ様とお話もしてないし、マヨネーズも渡してないでございまする。」
「いいか?明日からは俺は"副長"。あとマヨネーズは置いていけ。」

土方さんは栗子さんを見下げて、「どーせ明日から毎日面合わすだろォが」と言った。

私はそれを唖然と見ていて、
栗子さんは大して傷ついた様子もなく「分かりましたでございまする…」と腰を上げた。

「それでは明日からまた、よろしくお願いいたしまする。」

ペコりと頭を下げて、彼女は私の部屋を出て行った。
土方さんは「近藤さんに挨拶して帰れよ」と声を掛けた。

彼女のパタパタと小さな足音が遠くなる。

同時に、
部屋が静かなことに気付かされる。

「あ…えっと…、」
「…。」

気まずい。

雪華さんのことで飛び出して、
過去に少なくとも柵になった栗子さんと対面した。

何も思わないと言えば、嘘になる。
だからこうして私は気まずく感じる。

「…。」

土方さんは隔てていた襖を完全に開けた。
途端に風が副長室へ逃げるのを感じる。

私がその部屋を目にやった時、
土方さんは目の前の栗子さんが座っていた座布団の上に胡坐をかいた。

「説明する。」
「え…?」
「お前が気になってること。」


土方さんが胸ポケットに手をやったので、私は灰皿を寄せた。
その仕草に土方さんは驚いたように私を見る。

「な、何ですか?」
「…いや、別に。」

土方さんは煙草に火を点けて「まず、」と言った。

「栗子のことは今日、正式決定した。」
「き、今日…ですか、」
「あァ。俺に対して、直接とっつぁんからの…命令。」
「土方さんに…直接?」

何かしたんですか?

そう聞くことは、
彼の険しく鬱陶しそうな表情のせいで出来なかった。

「さっき俺から近藤さんへ言って、最終的に許可が下りた。」
"お前に言わなかったのは、今さっきの話だから"

土方さんの目が"それ以上深い意味はない"と言っていた。
私は少し視線を下げて、「そうだったんですか」と返事をした。

そんな私を見てか、
土方さんは溜め息と一緒に白い煙を吐いて、「次。」と言った。

「雪華。」
「っ…、」

その名前に思わず唇を噛んだ。

そんな風に、
呼ばないでほしい。

そう思う私は、何て小さいんだろう。

「吉原桃源郷にいる女で、」
「し、知ってます。」

私は土方さんの話に口を挟んだ。

「遊女、ですよね…。」
「…あァ。」

土方さんを窺い見るように視線を上げる。

「アイツと知り合ったのは、とっつぁんの紹介。」
「しょ、紹介…?」
「俺に似てる女が居るとか言って、とっつぁんが対面させた。」
"ろくな噂のねェ女なのによ"

あぁ…、
耳が、痛い。

心臓が、苦しい。

「だがそいつは噂とは違っていた。山崎なんかよりも男みてェな気を持った女。」

ドクドクとする鼓動が喉元まで来ている気がする。

私は思わず自分の胸元に手をやった。
土方さんは変わらず灰皿に煙草を小さく当てて、灰を落として話を進める。

今、
土方さんの頭の中は当然に雪華さんが思い浮かべられていて。

たまに鼻で笑うその先には、雪華さんとの時間があって。

「似てるのかどうか何てこたァ分からねェけど、確かに旨い酒だった。それで」
「あっあの!」
「…?」

私は、
灰皿を見ているその眼すらにも、

嫉妬した。


「ごめん、なさい…、」
「何が?」
「確かに…、ものすごく気になる…こと、です。」

雪華さんのことは、気になること。

「だけど…、…もう少し、っ時間を、ください…、」

これ以上、
もう聞けない。

雪華さんと土方さんのこと。

黙って聞いて、
頷いて、相槌打って、

そうだったんですかって。

話し終わったあなたに、
今の私は、きっと笑えない。

「だか、らっ…また…今度、」
「紅涙、」

私の声に、
何倍も低い声が重く乗りかかる。

顔を、
恐る恐る上げた。

「俺は別に構わねェけど、聞かねェとお前また拗ねるだろーが。」
「…拗ね、る…?」

拗ねる…?

そんな言葉…、
使わないで、土方さん。

「お前の知らねェとこで、俺と雪華はまだ暫く会う。いくら仕事でも、それをこのまま耐えられンのか?」

土方さんは煙草を灰皿に押し消しながら私を見る。

出来ることなら、
耳を塞いで、逃げ出したい。

体の中で、
私を支えていた柱がグラグラと揺れる。

私は膝の上で手をギュッと握りしめて声を出した。

「…し、仕事なら…報告書…上げてくださるんですよね…?」
「…上げねェよ、これは。」
「ど、して…、」
「あげる必要がねェから。」
「そんなっ、」
「紅涙。」

制止するように私の名前を呼ぶ。

そして至って落ちついた様子で「これで何が変わるかは分かねェけど、」と続けた。


「この件が落ち着くまで、…距離、置くか。」


その言葉に、息を呑んだ。
だけどすぐに言葉は出た。

「どっどうしてですかっ、」
「お前が無理だろ?」
「そ、んなこと…、」
「本当は会わねェ方がいいんだろーけど、屯所でそれは無理だからな。まーその襖は閉めることにして、」
「や…、嫌です!土方さんっ。」

私は土方さんの腕を掴んだ。
土方さんは私を見下げた。

すがりつくなんてこと、したくなかったのに。

なんて、惨めなんだろう。


「私っ…、聞きます、っちゃんと、聞く、からっ…、」


離れるなんて、言わないで。


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