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滅紫色
(けしむらさきいろ)


「紅涙…、」
「お願い、しますっ、…私、聞くからっ…、」

込み上げた涙は、我慢なんてする余裕もなく流れて。

「話して…っ…、お願い…、」

土方さんが私を見る目に耐えられなくて、土方さんの腕を掴んだまま俯いた。
頭の上から、「お前…、」という声が聞こえる。

あぁ、呆れてる。
こんな私に、きっと呆れてる。

私はこんなにも弱い。
あなたが居なくなったことを考えると、恐ろしく怖い。

「土方、さんっ…、話し、てっ…、」

早く、話して。

土方さん。

私を、
あなたの傍に置いて。

「…、紅涙、」

低い声は、さっきよりも優しくて。

同時に、身体全体に温もりを感じた。
抱き締められるようにして、私の背中を撫でてくれた。

「分かったから。」
「っ、や、だ、…ちゃんとっ…話して、くださいっ…、」
「大丈夫だから。離れたり、しねェから。」

ギュッと抱き締めてくれた腕の中は、眩暈がしそうなほど甘いはずなのに。


「ごめんな、紅涙…。」


土方さんの言葉は、仲直りの言葉のはずなのに。


「…ごめん。」


遠くて。
悲しくて。

私は、

また泣いた。


「行くんですか、副長。」
「…あァ。」

微かな声で、私は目を開いた。

どうやら私は眠っていたようで。
上半身を起こせば、パサりと掛け物が落ちる。

「でも…あれだけ紅涙さんが…、」
「お前、盗み聞きか。」
「ちっ違いますよ!偶然、書類提出に来たら何だか大変そうだったので…。」

コソコソと話す声は、山崎さんと土方さんの声。

少し遠い声は副長室の前辺りから聞こえる。

私の心臓は、
彼らに届きそうなほど忙しく鳴っていた。

「副長…、言った方がいいッスよ。」
「…。」
「副長には紅涙さんが居るんですから。ちゃんととっつぁんに」
「煩ェよ。」

土方さんの機嫌の悪そうな声。

今、私が出て行けば。
「行かないで」って、止めれば。

土方さんは、
私の傍に居てくれるんだろうか。

「お前に何が分かンだよ。」
「そ、それは…、」
「お前に何が出来んだよ。」

土方さんは山崎さんに冷たく言って。
ギシリと軋む床の音がした。

きっと、山崎さんが道を開けたんだ。

「…紅涙には、言うな。」
「…言えませんよ、そんなこと。」

土方さんは、
私が止めても行ってしまう。

不思議だけど、そんな気がした。
山崎さんに話すことが、あまりにも真っ直ぐだったからかもしれない。

「…副長。」
「何だ。」
「僕は…、今の状態は…紅涙さんが可哀想、だと思います。如何なる理由があっても。」
「そんなこたァ馬鹿でも分かる。」

聞き慣れてしまった溜め息。
土方さんの、溜め息。

「それでも行かなきゃなんねェんだよ。…紅涙と…俺のために。」
「副長…。」

私達の、ため…?

「変わりましたね…副長。」
「テメェ…何様だコラァ。」
「シッ、静かに!起きちゃいますよ、紅涙さんが!」

私は、
どうして今起きてしまったんだろう。

「…大切なもんを作ると、面倒臭ェったらねーよ。」
「人っぽいですよ、副長。」
「元から人だっつーの。」

どうして、
自分から不安を見つけ出してしまうんだろう。

彼らは笑って喋って、
土方さんは「行ってくる」という言葉を残して消えた。

「…、っ…、」

こんな自分が嫌い。

聞きたいし、知りたいのに。

恐くて。
聞けないまま。

何もないと分かっていても、聞けないのは自分のせい。

自分が、
彼と誰かの関係を受け入れたくないと思うせい。

「…やだ、よっ…、もぉっ…、」

また不安を生むぐらいなら、

いっそ、
眠ったままでいれれば良かったのに。

これを乗り越えるのに、
どれぐらいの時間が掛かるんだろう。


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