8
狐色
(きつねいろ)
額の髪が動いて、私は目を覚ます。
瞼を開ければ、私を見下げる土方さんの顔。
「…、ひ、じかた、さ、」
「起こしたか、」
寝起きで掠れる私の声。
土方さんは私の前髪に触れて、梳かすようにやんわりと撫でる。
「お前、目ェ腫れてる。」
鼻で小さく笑って、私の右の目を撫でる。
あぁそうだ、
あのまま寝たから。
どうりで瞼が重い。
「帰って…、来てたんですか…、」
私は頭を覚醒させようとギュッと目を瞑る。
ゆっくりと開けると、そこには驚いた顔の土方さんが居て。
「どう…しました?」
私は体を起して土方さんに首を傾げる。
土方さんは「お前…、」と呟いた。
「お前…、知ってたのか。」
「え…?…あっ…、」
そう言われてから、しまったと思った。
今日、土方さんが雪華さんの元へ行くのは私が知らないこと。
山崎さんと土方さんが話してたことなのに。
口を瞑る私を見て、土方さんは「起きてたのか?」と言った。
私は少しの沈黙の後、
こくりと頷いた。
「…だから、目ェ腫らしてたのか。」
土方さんはまた私の瞼に手を伸ばす。
指の腹で撫でられて、私は目線を逸らし、されるがままになっていた。
「なァ…紅涙、」
土方さんの指が瞼から離れて。
私は声に導かれるように土方さんを見る。
土方さんは真剣な目で私を見ていたのに、すぐに困ったように眉を下げた。
どうしたのかと私が聞く前に、土方さんが口を開いた。
「…お前に、今の俺はどう映ってる?」
言われたことがすぐに理解できなくて。
黙っていれば、土方さんは私の髪を撫でて「俺は、」と言った。
「お前の信頼を…また潰してるだろう?」
土方さんは「あれだけ泣かせたのに」と言った。
それは私に向かって言ってるはずなのに、そう言った土方さんの方が泣きそうで。
「土方さん…、」
彼は、苦しんでるんだ。
私と同じように。
私が土方さんの頬に手を伸ばせば、彼は驚いた顔をした。
だけどすぐに私の手に自分の手を重ねて、目を閉じた。
「お前は俺の傍に居てくれたから…、今度は俺が…お前の傍に居たい。」
彼にも、
何か言えないことがあって。
私に話すと言った日も、
きっと私に話せないことがあった。
だからきっと、
こんなにも悲しい顔をする。
「俺が想うのは…お前だけだから…。」
まるで、
自分に言い聞かせるように。
「紅涙、だけだから。」
彼らしくない、言葉。
嬉しいのに、どこか悲しい。
「…私も…、土方さんだけです…。」
言葉でも、
身体でも。
あなたにあげられるのならば、いくらでもあげるのに。
「土方さんが居れば…、私は何もいりませんから…。」
こうやって口にして、
こうやって想いを伝えるのに。
いつの間にか、
私たちには風が吹いていて。
「…行ってくる。」
「はい、…お気をつけて。」
知らぬ間に開いた隙間が、
私たちをどんどん離していく。
「お帰りなさい、土方さん。」
「あァ。」
ギクシャクした関係は、どこか他人行儀で。
深い沼には入らないようにする私を、土方さんは黙って見ている。
「紅涙ちゃん、最近大人になったね。」
近藤さんが言ったこと。
確かに、
少し前みたいに、
泣いたり、すがったり。
私はそれすらもしなくなって。
「そうですか?」
「あぁ、何だか見てて安心感があるよ。」
近藤さんは笑った。
私も笑った。
本当は笑ってなくて。
大人にだって、なってなくて。
ただ、
嘘が上手くなっただけ。
変わらず好きだし、
嫌いになったわけじゃない。
ただ嘘で、
何が本当なのか分からなくなっただけ。
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