10
お子様セット
「なるほど!それで朝は一緒に登校してるわけかァ!」
いつものお昼休み。
ブリックパックを握って、私は近藤君に「う、うん」と控えめに頷いた。
「まさか週末明けでこうなってるとは驚いたよ!」
「は、はは。私も…驚いた。」
「でも俺ァ安心した!紅涙ちゃんがやっと鞘に収まってくれてな!」
"なァ?トシ"
近藤君は私の隣にいるトシの背中を叩いた。
パンに齧り付いていたトシは、ゲホッと咽て「何が鞘だ」と言った。
「俺ァ面白くねェでさァ。何で合コン行ったのに土方さんと付き合ってるんですかィ?」
「い、いや、それは色々とありまして…。」
「俺ァせっかく紅涙が捕まえてきた男のツテを頼って、雌豚探しをと」
「お、沖田君、お口が少々調子悪いようですけど。」
苦笑して言えば、
沖田君は「絶好調でさァ」と口笛を吹いて見せた。
「こうなりゃァ、土方さんの方の合コンに期待するしかねェですねィ。」
「お前を呼んだ記憶はねェぞ。」
「何を言うんですかィ、土方さん。俺と土方さんの仲じゃねーですかィ。あんなこともこんなこともした仲じゃ」
「どんな仲だよ!」
「…。」
そう。
トシが参加するという合コン。
土曜日の時点では、
日曜日に開催される予定だったが、どうも予定が変更になったらしく月曜日の今日になったのだ。
「…。」
「お、おい、紅涙。話はついただろーが。そんな顔すんな。」
「別に…。許したつもりはないですけど。」
「あーあ。もう別れますぜ、近藤さん。これは俺が狙っていいっつー前振りでしょうかねィ。」
「こらこら総悟。お前は話をややこしくするから黙っとけ。」
わざとらしく、トシは私に「ん」とパンを差し出してきた。
「お前これ好きだろ?ほら、食え。」
「…いらない!」
なんだ、この男は!
物で釣れると思っているのかバカモノ!!
「で、土方さん。今日はどこでやるんですかィ?」
「総悟ぉ、黙っとけって言ってるのに…。」
「近藤さんは分かってやせんねィ。ここは紅涙の口に変わって、俺が言ってやらなきゃなんねェんでさァ。」
「そ、そういうものなのか…。」
沖田君は「で?」とトシに聞く。
トシは私の顔色を窺うように見てきたので、フンと逸らしてやった。
小さい溜め息が聞こえて、
「食堂。」
そう言った。
しょ、食堂?
「食堂って何ですかィ?」
「食堂は食堂だろーが。そこにある学食だ。」
え。
学食で…合コン?
「トシ、誤魔化すならもう少しマシな嘘をだな、」
「嘘じゃねェよ!俺の行く合コンはこの学校のヤツ。学内合コン。」
「な、何それ…。」
思わず私の声が出た。
なんと身内の合コンなんだ…っ!
いや…、
だが確かに学内全ての人の顔をしってるわけじゃない。
憧れの人と近づくなら、とてつもなくいいチャンスになるに違いない…。
トシは私を見て「お前の知ってるヤツも居んじゃねェの?」とあっけらかんと言う。
「少なくとも心配するようなもんじゃねェよ。お前が行ったみてェなな。」
「なっ、」
「トシ〜、お前はまた一言多いィ〜。」
近藤君が仲介に入ってくれて、私は声を荒げずに済んだ。
あぁもう!
近藤君の方がよっぽど女心を分かってる!
「…分かった、」
「おぉっ?!紅涙ちゃん物分かり良いねェ!」
「私も行く!」
「あ、あれ?」
近藤君は頬を掻く。
その横でポカンとするトシに、私は「合コン!」と言った。
「はァァ?!何言ってんだよ、お前。」
「女の子側で私も入れてもらう!」
「ハハ。それはズルイよ、早雨さん。」
「だって私はっ…、…て山崎君?」
振り返れば、
一度も話したことのない山崎君が立っていた。
彼は「俺のこと知ってたんだ」と笑った。
「山崎、俺は途中で帰るからな。」
「えっ、山崎君も行くの?!」
「聞いてやせんねィ、山崎ィ。」
山崎君は苦笑して頭を掻いた。
沖田君は何やら尖った物を山崎君の脇腹に突き付けて、ボソボソと耳打ちをする。
山崎君は「分かりましたから!」と言って沖田君を宥め、「っと言うか!」とトシに向き直した。
「先帰るのはマズイっすよ〜!9割近くが土方さん目的なんスから。それにミツ」
「ばっお前、そういうことはコイツの前で言うな!」
二人して恐る恐る私を見る。
私は溜め息をついて「やっぱり」と呟いた。
「トシ、」
「な、なんだ。」
「トシがモテるのは知ってる。」
「あ、あぁ。…いや、別にそんなことは…、」
「そんなことあるの!みんな少しでもいいから近付きたいって思ってるの!」
このニブチンめ!
こんな温い態度だから、みんな平気でトシを合コンへ連れて行けるんだ!
「トシ。」
「は、はい?」
「トシが好きなのは誰?」
「あァ?!そ、それは、だな、その…、」
「誰?」
「…っ、分かってんだろォが。」
トシが頬を赤くして私を睨む。
私はそれに「分かんなぁい」と顔を背けた。
「〜っ!!」
ガタッと音が鳴る。
近藤君が「あちゃー」と言った。
この「あちゃー」の理由。
トシは怒ると席を立つからだ。
「もぅいい」とか言って、その場からいなくなる。
本人いはく、"冷静になるため"らしいけど。
つまりは、
トシを怒らせたってこと。
「…。」
「まぁまぁトシ、座れって。」
「チッ、面倒なことしてくれるじゃありやせんか山崎。責任取れ。」
「えっ俺ェ?!」
「そうだな、山崎。お前が余計なことをトシに言わなけりゃこんなことには…。」
「えっ俺ェェ?!近藤さんまで!」
ごめん、山崎君。
私が怒らせたんだから、私が謝ればいいんだ。
だけど無理。
謝らない!
ここで怒る意味が分かんないから。
「…。」
「…。」
私はトシに顔を背けたまま。
トシは黙って立ち上がったまま。
早くいつもみたいに教室から出ていけばいいのに!
と思った時、
「っ!!」
トシが私の手首を掴んだ。
まさかの行動で、
私の心臓はビクリと跳ねる。
「な、何?!」
「…紅涙。」
「だから、何?」
可愛くない態度は承知。
トシは大して顔色も変えず「だから、」と言った。
「だから、紅涙。」
だから、私?
「お前が聞いたんだろーが。」
あぁ…、
『トシが好きなのは誰?』
その答えか。
「ふふ、」
「何笑ってやがるっ!」
「うぅん、別に。」
可愛くないのは、お互い様だね。
- 10 -
*前次#