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ママ時間


ガサガサと掻き分ける姿勢は中腰。
校舎に沿って植木の裏を歩く。

「ぅわっ!」

避けた葉が跳ね返って顔に当たる。

「ぎゃっ!」

植木の土が靴に入ってジャリジャリする。

「ひぇっ!」

スカートが枝に引っ掛かった。

「ちょっ、やだもぅ」
「静かにしろィ。」
「痛っ!たっ叩かなくてもいいでしょ?!」
「紅涙が煩ェから悪いんでさァ。」

前を歩いていた沖田君が、わざわざ振り返って頭を叩いた。

「もっとコソコソしろィ。」
「…はぁい。」

私はふて腐れた顔で返事をし、枝に捕われたスカートを引っ張った。

『合コン、ぶっ潰しに。』

そう言った沖田君に付いて来たけど、まさかこんなことをすることになるとは。

あんなカッコつけたんだから、てっきり扉でも蹴破っちゃうのかと思ってた。

その前に。
何で私を連れてきたのかも分からない。

「沖田君、沖田君。」
「何でさァ。」

沖田君は「ここだ」と言って、校舎に凭れるように屈んだ。
私もその隣に待機。

頭の上には、大きめの窓。
風を通すためか、左右半分ずつ開いている。

「合コン、どうやって潰すの?」
「さァ、どうしやしょうかねィ。」
「…え?」

あっけらかんとして返事をする彼を見れば、「何してやろっかなァ」と鼻をホジホジした。

「け、計画とか…は?」
「俺ァ無計画主義でさァ。」
「あー…、ぽいよねぇ…。」

ほんとに潰す気あるのかな…。

さっきはお姉さんのために、って見えたけど…もしかしてこじつけ?

ただの暇潰しかなぁ…?

うーんと思いながら俯いた時、


「オイ、コラァ。」


トシの声がした。

ヤバイ!
バレた?!

瞬間的に沖田君と目を合わせ、声がする頭上を見た。

「…あれ?」

だけど、
そこには誰もいない。

窓は相変わらず半分開いたままで、僅かに見えるカーテンが風で小さく揺れている。

「あの野郎、ビビらせやがって。」

沖田君はハァと肩で息を吐いた。

笑い声のする室内へ耳を向ければ、トシが「何だテメェ、その紹介はァ」と悪態ついてる声がする。

どうやら随分と、
この窓からトシ達の座っている場所は近いようだ。

「ほんと、ビックリしたね。」
「あれで見つかってたら、紅涙をシメてたとこでさァ。」
「わわ私を?!」
「当然。煩い根源ですからねィ。」
「なっ?!」

沖田君に食い下がろうと口を開いた時、「何だか久しぶりね」と聞こえた。

この声は、
さっき聞いた。

沖田君の顔も変わった。

やっぱ、
一緒に座ってるか…。

「十四郎さんは相変わらずそうね。」
「お前の弟のお蔭でな。」
"気の休まる日がねェよ"

トシ達の会話に、
そのまま黙って沖田君の方を見た。

沖田君は「俺も骨が折れまさァ」と、首をコキコキ鳴らして見せる。

「でも総ちゃんから聞いたわ。十四郎さん、最近よく笑うようになったって。」
「…変わらねェよ。」

クスクス笑う沖田さんの声は、風に乗るほど軽くて柔らかい。

「私の身体が丈夫なら、もっと皆と一緒に居れるのに…。総ちゃんから話を聞く度に、いつも思うのよ。」
「…。」
「もっと、皆と…、…十四郎さんと居れるのにって…。」

すごいな、沖田さん。
大人しそうな顔してるけど、なかなか直球だ。

トシは何て言うのかな。
ここはビシッと気持ちがないことを伝えてほしいとこだけど…、

「…。」
「…。」

…出たよ、トシの癖。
黙り込む。

どうせトシのことだから、
傷つけない言い回しは〜…とか考えてるんだろうけど。

あぁもう!
黙り込んじゃったら、トシの気持ちが分かんないじゃん!

「…。」
「…十四郎さん、あのマヨ海老せん食べる?」
「…あァ、食う。」

これじゃぁ沖田さんが淡い期待を残し続けてしまうのも分かるかもなぁ…。

シスコンな弟は大変だわ。

そう思いつつ沖田君を見れば、
何やら険しい顔をしている。

うつむいて、「俺ァ、」と呟いた。

「ん?」
「俺ァただ、…気付いて欲しいんでさァ。」
"姉さんに"

「何を?」と聞く前に、沖田君は続けた。

「姉さんは、野郎が紅涙を好きなのは知ってる。付き合ってるのだって、俺が言った。」
「そ、そうなんだ、」
「だけど、自分の目で見てねェから、呑み込まねェ。」

…そうだね。

ずっと、
ずっと恋してたんだから、
聞いたぐらいじゃ認められないよね。

「あーやって、中途半端に期待したまま野郎に接したって意味ねェんだ。」

シスコンなんて思ってごめん、沖田君。

君は、
ただ、優しい。

だから私を連れてきたんだね。
やっと分かったよ。

「だから紅涙、頼む。姉さんに、目の前で見せねェと駄目なんだ。無理にでも、呑ませねェと駄目なんだ。」
「…、…初めてだ。」
「紅涙?」
「私を頼ったこと、今までなかったでしょ。」

私は窓から見えないように立ち上がり、スカートについた土を払った。

座ったまま私を見上げる沖田君に、「いいよ」と微笑む。

「沖田君のお願い、この私が聞いてあげよう。」
「…何かムカつきやすが、有りがてェことでさァ。」

私を連れてきた理由。

『潰す』のは、
私にしか出来ないから。

「高くつくよ?」
「身体で払いまさァ。」
「トシみたいな身体になったら美味しく頂くわ。」

だけど、

「もし、だよ沖田君。」
「何ですかィ?」
「もしかしたら…、険悪に…なるかもだよ?…トシと。」

私には想像も出来ない、
彼らの長い時間、
いっぱいの思い出が、

消されちゃうかもしれないよ…?

「…それでも、…いいの?」

沖田君はキョトンとした顔で私を見て、鼻で笑った。

「愚問でさァ、紅涙。」
"憎むんなら万々歳でさァ"

一瞬、
ほんの少しだけ口角を上げて、「それに」と言う。


「そんなヤワな仲じゃありやせんよ。」


羨ましいぐらい自信満々に言った。

そうだ、
心配することなかったんだ。

馬鹿なこと、
聞いちゃったな。

「よし、沖田君。」

彼の肩を叩いた。

「泥船に乗ったつもりでいたまえ。」

ハハンと笑いをつけて、
私はとうとう窓の前に立った。

「すんげェ不安!」と沖田君の声に後押され、

一斉に集まる視線に目を閉じ、
中途半端に開いていた窓を全開にして、


「トシ!迎えに来たよ!!」


まるで園児を連れ帰るような言葉を、結構な大きさで言った。

「もっと他の言い方ねェんですかィ?」

呆れにも近い笑い声が、私の膝辺りで聞こえた。


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