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トモダチ電車


晴れた天気と、
トシの素晴らしい洗い方のお陰で、スカートは一時間で乾いた。

ただ、

「早雨〜、お前どこ行ってた〜?」
「す、すみません松平先生。少しお腹が痛くて…。」
「一時間もトイレットだってのか〜?お前は。」
「そっそうです…。」

授業担当の先生が保健室へ確認をしに行ったせいで、私のアリバイは呆気なく無くなった。
まぁ元から無かったんだけど。

放課後、生徒指導の松平先生に呼ばれて今に至る。

それは私だけじゃなくて。

「トシ〜、お前もかァ?」
「俺はサボりっすよ。」
「ほほォ…、いい度胸じゃねーか。堂々と言うたァよ。」

トシは隣で「うッス」と小さく頭を下げた。

「すんません、松平先生。」
「何だトシ。」
「早雨は予定あるんで帰してやってくれませんか。腹痛なのに呼び出しされてるのはおかしいと思います。」
「トっトシ…、」

私は先生に見えないように、トシの制服を引っ張った。

「そうだろ?早雨。お前、予定あったよな?」

なのにトシは目で私に返事を促す。
頷くのにためらって、唇を噛んで見せれば「いいから」と小声で言われた。

仕方なくそれに従って、
私は松平先生に、おずおずと頷いて見せる。

松平先生は「まァそうだよなァ〜」と顎を擦りながら思案した。

「早雨はトイレットなわけだから罪はねェよな〜。」
「そうです先生。俺は反省文書きますんで、とりあえず早雨は帰してやってください。」

トシは、ズルい。
優しくて、ズルい。

こんなの、
他の人にも同じことしたら、きっと勘違いされちゃうよ?

…それとも、
私だからこんなのこと、するの?


私が、

友達、


だから。


「よし、早雨。帰ってよ〜し!」
「…、あ、ありがとう、ございます…。」

当然のことなのに、
当然として受け入れられなくなってる。

気にならなかったことが、
気になってる。

「…失礼します。」

ダメだダメだ。
このまま考え込んじゃったら、キリがない。

きっと、
今日の合コンで忘れる。

忘れなきゃ、ダメだ。

私が扉を開けた時、

「トシィ、お前も帰っていいぞ〜。おじさん、面倒になってきたわ。」

松平先生がダラしない声で言った。
トシは「ンだよそれ!」と言ったけど、すぐに「じゃァ帰ります」と席を立った。

私が持っていた扉を、トシがグっと手を伸ばして掴む。

「それじゃ松平先生。さようなら。」

トシは大して表情も変えず「行くぞ」と続けて声を掛けた。
その背中に、

「お前らァ、次はねーからなァ。覚えとけよ?」

松平先生が言って、
二人で声を揃えて返事をした。


「トシ、」
「ん?」

日も傾き出した帰り道。

この時間、
駅のホームも学生はまばら。

「さっきは…ありがとう。」

トシはその言葉へ特に返事もせず、「今日、」と言った。

「何?」
「今日、どこでやるんだ?」
「居酒屋って言ってたけど…。」

私は「呑めないのにね」と笑ったのに、トシは「ふーん」とだけ返事をした。

「どこの居酒屋なんだ?」
「ん〜…分かんない。」
「はァ?!」
「全然聞いてないもん。」
「何でお前はそんな適当なんだよ!」
「だって決まってないんだもん!」

トシは盛大に溜め息をついて、

「呆れた。」

うんざりした様子で私を見る。

「もう俺ァ知らねーからな。」
「なっ何が?!」

トシは私に背を向けてスタスタと歩いて行く。
それを追いかけて、「何の話よ!」と背中の制服を引っ張る。

「ねぇトシってば!」
「せいぜいイイ男っつーのを捕まえてこい。楽しみしてるぜ。」
"ま、お前には無理だろーけど"

ハッと笑い、
「じゃーな」と丁度いいタイミングで来た電車に乗り、私を置いて帰って行った。

「な…何よ。」

何だって言うのよ。
何でトシにそんな言い方されなきゃいけないのよ!

ちょっとイイ奴だなと思ったら、すぐにコレだもん!

「…ムカつくぅ〜っ!!」

どうせ、トシにとっちゃその程度の女でしょうよ!

君の思うような女の子じゃないでしょうよ!

「…。」


『…俺と…、…付き合うか…?』
『合コンで使うんだよ、この手。どうだ、落ちそうだろ?』

「…、…バカ。」

落ちたよ、あの時。

「私も…、今日使ってやるっ。」

誰かや何かで自分の気持ちを誤魔化そうとしてる私は、間違ってるのかもしれない。

それでも、
失うぐらいなら。

私の気持ちなんて、言わない方がいい。

乗り込んだ電車の中、
トシに「ハゲ」とだけ書いたメールを送信した。


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