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沼の瞳


それから、
あれよあれよという間に時間は過ぎた。

私のことを人見知りと言った晋助君には、

「私より、晋助君の方が人見知りじゃない?」

とニッコりスマイルを付けて言えば、
ニヤりという文字がよく当てはまるような笑みを浮かべ、

「お前、なかなかやるじゃねーか。」

と、よく分からないがご満悦。
つまりはこれが、彼のストライクに入ったようで。

挙句の果てには、

「俺、塾通ってるんだ。そろばん。」

なんてイメージと素晴らしくギャップのある話を聞かせてくれたりした。

ただ少し気になるのは、

「晋助、珍しいでござるな。」
「悪くねェ。」
「紅涙のこと気にいったのでござるか?」
「あァ。気に入った。」
"なァ?紅涙"

彼は、とても真っ直ぐに気持ちを表す。

"好き"とか、"嫌い"とか。
そういう言葉を言って伝えるんじゃないけど、

「ちょっ晋助君、それ私の水!」
「いいだろーがよ、別に。」
「自分のなくなったんなら頼みなってば!!」

なついてくる、そんな感じ。

正直、
悪い気分じゃなかった。
少なからず中々の顔立ち。

だけど、それが悪かった。


「席替えだ、万斉。席替えするぞ。」

そう言ったと思えば、
彼は私を強引に隣へ座らせる。

友達も、
晋助君の友達も、
彼の機嫌がいいのであればと喜んで私を座らせた。

途端、グッと座っている場所を詰められる。

「わっ、」

晋助君と私の太股がピッタリとくっついてしまうほど、身体の隙間がない。

「仕方ねぇだろ、万斉が座ってんだから。」
「すまないでござるな、紅涙。」
「い、いや、いいんだけど、ね。」

私の左には晋助君、右には万斉君。
向かいには、変平太君が女の子二人に挟まれるという光景。

なんか…、
ごめん、友人たちよ…。

「お前、部活してねェのか?」
「え?っ、ひゎっ!」

晋助君は何の躊躇もなく私の太股をやんわりと掴んだ。

「なな何してんの!?」
「してねェな、部活。」
「よっ余計なお世話っ!」

さすがに触られたことには耐えられなくて、晋助君の手を払った。

びっくりした。

一瞬、
ほんの一瞬だけど、恐いって思った。

知らない人に触られて、恐いって。

"知らない人"…?
じゃぁ…、

知ってる人なら…?

「お前…、」

晋助君は私の顔を覗き込んでくる。

「…。」
「なっ何?」
「…決めた。」
「え?」
「連れて帰る。」

またニヤリとした笑みを見せて、今度は私の手首を掴んだ。

晋助君は、キツイぐらいに手首を握りしめ、


「お前を、連れて帰る。」


真っ黒な目を細めた。

きっと、
トシや他の子が同じことを言ったなら笑って流せる。

なのに晋助君は、

「いい場所知ってんだ、連れてってやる。」

ゾッとするほど、威圧を与える。

握られている手首の痛さも忘れるほど、私の視界には晋助君でいっぱいになっていた。

この子、何か違う。
ヤバイ気がする。

「い、いらない。私、帰らなきゃダメだし…」
「"帰る"?どうやって?」
「どうやってって…、っ、電車に決まって」
「それは無理でござるよ。」

友達と話していた万斉君が、ボソりと私の耳に言った。

私は晋助君の腕を振り払い、万斉君を見た。
万斉君はこちらを見ず、彼の腕時計を私に見せる。


「電車は、ないでござる。」


うそっ、
もうそんな時間っ?!

「拙者たちは始発までカラオケに行くでござるよ。」
「えぇ〜もしかして紅涙抜けるの〜?ズル〜イ!」

楽しそうに前の席に座る友達が言う。

「じゃぁっ私もカラオケに」
「いぃよ、いぃよ。気を遣わず楽しんで来てよ、紅涙!」
「ちがっ」
「そんな顔するな、紅涙。これからだろ?」
"楽しいのは"

私の髪をさらりと撫でた晋助君に、今度こそ本当に恐いと感じた。

他の子は完全に勘違いした目を私に向けている。

絶対、
晋助君と二人になっちゃ駄目だ。
何をされるか分からないっ!

「っごめん、私帰るね。」

ここから出なきゃ。
電車がなくても帰らなきゃ。

私はその場で立ち上がる。
それを見た友達は当然驚いた。

「えっ?!どうして紅涙っ!てか、電車ないよ?!」
「うん、どうにかする。」

万斉君に「ごめん、通して」と言うと、ドンとお腹を押された。

当然、
私はまた座ってしまう。

それどころか、
押された反動で晋助君の方に寄り掛かってしまった。

「なっ、何よ、万斉君。」
「こんな時間に女子ひとりで外には出せないでござる。」
「そんなに帰りてェんなら、俺が送ってやる。」
「っ!」

後ろから耳元で晋助君が言う。
他の子は「それなら安心」と喜んだ。

「ほら。立て、紅涙。」
「っや」

立つように促し触れてくる手を、私が払った。

無意識に出した拒絶の声は意外にも大きく、ようやく友達が異変に気付いた。

「紅涙?どうし」
「大丈夫でござるよ、晋助が意地悪をしただけでござる。」

すぐに万斉君が言ったせいで、「なんだぁ」と友達は笑う。

私は後ろを晋助君にきっちり付かれ、掘りごだつから出た。

彼と一緒に居る気はないが、ここから出なければいけない。
店の外まで、と拘束されるように握られた手首も我慢した。

歩いて行こうとした私たちに、万斉君が「晋助、」と呼ぶ。


「潰しては駄目でござるよ。」


晋助君はそれを黙って聞いて、


「どーだかな。」


至極楽しそうに笑った。


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