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Neuf


土方さんは私の意見に大反対だった。

「紅涙!ダメだ、帰るぞ!!」
「嫌です!!私は呑みたいんです!」

万事屋に着いた車の中。
私と土方さんの言い合いを他所に、坂田氏は車を降りていた。
その左手には渦中のドンペリ。

「あぁっ、坂田氏ってばあんなに振り回して!」

注意すべく降りて行こうとすれば、「待て!」と服を引っ張られた。
羽織っていただけの上着のせいで、ズリっと肩が脱げる。

「もうっ土方さん!服、引っ張らないでくださいよ!」
「早く座ってシートベルトしろ!」
「だから帰んないんですってば!土方さんだけ帰ってください。」

珍しく必死だな、土方さん。

別に仕事とは時間外だし、
とやかく言う必要はないのに。

「紅涙!テメェいい加減にしろ!!」
「うっ…、」

なんでこんなに怒られてるんだ、私…。

「わ、分かりました…。」

こ、
ここまで言われると逆らえない。

目とか逆三角形になってるし…。

「坂田氏ぃぃ…、」

私は車の窓を開け、坂田氏に声を掛ける。

「私、帰りますねぇ…。」
「はァ!?なんで?!コレは?!」

ぐいっと持ち上げて見せる。

「か、帰らなきゃ…ダメなんですぅ…。」

未練たらしく、
もう一度土方さんを見る。

ハンドルに凭れて、
面倒そうに「ンな目しても無駄」と言われた。

「いいじゃん、そんなヤツ放っときなって!」
「でも…、恐いし…。」

あぁ…、
また会えなくなったね、ドンちゃん…。

昔に呑んだっきり、
もう味も忘れそうだわ…。

「土方さんの馬鹿…。」
「ドンペリなんて俺が買ってやら。」

子どもじゃないんだから、
そんな"また今度"なんて言われても信じませんよーだ。

「それじゃ…ごめんなさい、坂田氏。堪能してくださいね。」

「おやすみなさい」と言って窓を閉めようとした時、


「これ、そう簡単に買えねーと思うけどなァ。」
"そこらのドンペリと一緒にすんな"


坂田氏が窓の傍で、ラベルをこちらに向ける。

私は絶句した。
だってこれは…。

「ゴ、ゴールドぉぉぉ!!」
「どうだ、すげェだろ?」
「スゴイです、坂田氏!!」

坂田氏はフフンとした顔をする。

それは間違っていない態度だ。
ドンちゃん金verは、20万円代物。

さすがの土方さんでも、
「あ、それ買います」とはあっさり言えまい。

「土方さんっ、私やっぱり降ります!」

今度こそ意思を固め、
ドアを開けて出て行こうとした。

が、やはり。


「待て。」


土方さんは止める。

「もう無駄ですからね!私は降りますから!」
「…、…俺も行く。」

土方さんも!?
私の驚きよりも、坂田氏の驚きの方が早かった。

「はァァァ?!お前に呑ませる酒はねェよ!」
「煩ェ、行くぞ紅涙。」

こ、これは本当に珍しい。
あの犬猿が一緒にお酒を呑むなんて。

土方さんは早々に鍵を抜き、外に出た。
慌てて私も外に出る。

「ちょっ待てよ!俺は紅涙ちゃんしか誘ってねェんだけど?!」

それを見て本気だと分かった坂田氏は慌てた。

「やれねェぞ!どうせお前はマヨネーズとか入れんだろ!」
「酒には入れねェよ!!」
「どーだかな!!」
「ンだとコラァァ!!」

「ちょっと二人とも!!」
"夜なんだから静かに!"

坂田氏と土方さんの間に立つ。

「お願い、坂田氏。今日だけは可愛い猿になって?」
「え、何それ。どういう意味か分かんねェんだけど。」

私はニッコリして坂田氏に笑う。

「大丈夫、土方さんは躾の出来た犬になれる人だから。」
「は?紅涙、お前何言ってんだ?」

よしよし、なんて土方さんにしたら怒られた。

「とにかく上がりましょう?」
「「お前が言うな。」」

坂田氏を先に上らせ、私と土方さんはそれに続いた。

ガチャガチャと鍵を開ける姿を見て、

「そう言えば、」

ふと思い出した。

「坂田氏、神楽ちゃんは居ないんですか?」
「あァ。まァな。」

どこに行ったのかを、坂田氏は言わなかった。

まぁ確かに、
私がそこまで知る必要はないだろうけど。

だけど、
それに引っかかったのは、
どうやら私だけじゃなかったみたいで。

「まさかお前、わざと今日追い出してんじゃねェだろーな?」
「ギク。」
「どういう意味ですか?土方さん。」

腕を組んだ土方さんに、
まるで昭和のような音を口にした坂田氏は「馬鹿言うんじゃないよォ?!」と笑った。

「神楽は神楽の意思を持って、今日は居ねェんだ。」
"うちは自己成長を応援する育て方でね"

ガラガラと開けた玄関に、
「まァ気にせず入れよ!」と案内される。

「お邪魔しまーす。」

奥へと入っていく坂田氏の背中を見つつ、私たちは中へ入った。

立ったままブーツを脱ぐのに、フラフラモタモタしていると、

「紅涙、」
「は、はい?あ。」

悲壮な声で返事をすれば、土方さんは腕を私に見せた。

「支えにしろ。」

…こんなところ、弱い。

土方さんは、
さり気ないことをするのが上手だ。

「あ…ありがとうございます。」

左手を土方さんの腕に置き、ブーツを脱ぐ。
もう一方のブーツを脱ごうとしたら、

「ぅわ、わわっ!!」
「なっお前っ、」

掴んでいた手が、ズルっと滑った。

前のめりに身体が傾いて、顔面強打を想像した。
"受け身"と思ったけど、そんな余裕もなし。

目の前まで来た廊下に、思わず目を瞑った時。

「あっぶねェ…、」

左腕が痛いぐらいに後ろへ引っ張られているのが分かる。

眼前には相変わらず廊下。
右手は何とか廊下についていた。

「もっとちゃんと掴まねェからだぞ!」
「…ぅ、は、はい…。」

あぁ…、
一瞬でキュンとした気持ちを忘れた。

左手をつけて、廊下で四つ這いになる。

「はぁ…、顔面打つかと思った…。」

打ってたら鼻血出てたな、きっと。

ぜぇぜぇ言う私の後ろで、今度は土方さんが脱ぐ。

「ったく、気をつけろよな。」

そう言って、
脱いだ片足を廊下に着いた時、

「ぉわっ!」
「っぐぇっ、」

廊下が靴下を弾き、
土方さんも足を滑らせた。

それも、
前方に滑ったから、私に圧し掛かる形だ。

「わ、悪い。」
「い、いえ…。」

四つ這いの私の背に、
土方さんが半膝立ち。

頭の中で、
この異様な光景を想像していると、土方さんがプッと笑った。

「それにしてもお前っ、"ぐぇ"ってなんだよ。」
「きっ急に押されるとそんな声になるんです!」
「蛙みてェ。」
「煩いっ!」

ププと笑いながら、土方さんが立ち上がった。
その頭の上から坂田氏の声がして、

「いつまで玄関に居んだよ、お前ら…は…、…。」

見れば、
唖然とした顔でこちらを見ていた。

そして一言。


「玄関でバック?」


…。
…坂田氏、


「「公然わいせつで逮捕。」」
「はァ?!それ、お前らだから!」


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