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Dix


何だかんだで上がり込んだ坂田家。

ゴールドドンちゃんを開けて、
その味に感動した僅か40分後。

「って言うかぁー…坂田氏ぃー…、」
「おいおい、紅涙ちゃーん。そんな目で男を見るもんじゃねーよォ?銀さんの息子が騒がしいったらねーよ。」
「えぇー?坂田氏の息子いるんですかぁ?見たいぃぃー。…あれぇ?土方さん暑いんですかぁ?」
「ギャハハハ!大串君、超顔赤ェ!…あ、ツマミなくなった。」
「うっせェェェ!お前ェもだろォがー!こら紅涙、寝るな!」

私たちは完全に酔っ払っていた。
すっかり空になった瓶は、
あの栄光も虚しく、床に転がっている。

坂田氏は立ち上がって、
台所の方へ食べ物を探しに行った。

「寝てませんよぉ、もぅ…。」

私は坂田家に唯一あるソファーを背もたれに、隣の土方さんに顔を向ける。

「嘘つけ、顔が寝てんだろォが。」
「失礼なーっ、元からこんな顔ですよーだ。」

べぇぇと舌を出せば、「生意気だ」と鼻を摘ままれる。

「土方さんの方がこんな強いお酒呑んで、酔っ払ってるんじゃないですかぁ?」
「馬鹿言え!俺ァ酔ってねェ。」

土方さんはフンッと鼻を鳴らして、私と同じようにソファーに凭れた。

そして上を向き、
その顔に左手を乗せている。

「あー眠ィ。」
「やっぱり酔っ払ってるんじゃないですかぁ!」
「違ェよ。疲れた後に飲んだから、ちょっと回ってるだけだ。」
「それを"酔っ払う"って言うんです!」

土方さんは「マジでかー」とか適当な返事をして、静かになった。

「…土方さぁん?」

耳を澄ませば、
スースーと安定した息遣い。

あいにく、
坂田氏が言った通りに赤い頬以外は左手に隠れて、顔の大半が窺えない。

「もしかして…寝ちゃいましたかぁ?」

小声で声を掛ける。

「…。」

返事なし。

うそ。
寝るなって言ったくせに、先に寝るなんて。

「…ふふ。まぁ土方さんらしいか。」

そろりと近づいて、
さぞ整っているであろう顔を覗き込もうとした瞬間、

---ドンッ

私の背中が、床を打った。

「…あ、れ?」

腕は縫い付けるかのように、床に押さえつけられている。

誰に?
それが呑み込めなくて、声を出した。

「土方…さん?」

な、何があった?
何をしてた?

十分過ぎるほど酔っ払った私の頭を、フルに回転させる。

「あ…あの…、」
「…、」

私を押さえつける土方さんの顔は無表情。

「いっ痛い…です、」
「…。」

もしかして寝ぼけてる?
いや、力が強すぎる。

それに、
射抜くように真っ直ぐな瞳。

逸らせない。

お酒とは違う熱が、
私の頬へ集中するのが分かる。

「…あ、の…、」

心臓が、
潰れてしまいそう。

「…紅涙、」

ずっと黙っていた土方さんが、
私の名前を呼んで、

「っ…、」

額に、キス。

優しい、
柔らかい口づけ。

「っ…、土…方さん…、?」

どうして。

「…どう、して…?」

土方さんは話さない。
私を見下ろすだけ。

「…。」

酔ってるから?
軽いノリで?

『お前を…女になんて見てねェから。』

そうだ、

『お前がそう思われんの嫌だってこと、…十分わかってるからよ。』

そんなの、
あり得ないことじゃないか。

何より、
その場の雰囲気だけで動く人なんかじゃない。

だからこそ。

「…、」

どうして今こうなってるのかが、分からない。

土方さんの瞳が、
黒くて、
深くて。

酔いのせいなのか、
頭の中がぐるぐる回る。

「…アイツなんかに、」

ずっと黙っていた土方さんが、低く静かに言った。


「アイツなんかに…渡さねェ。」


土方さんが、
ゆっくりと私と距離を縮める。

その意味を考える余裕なんて私にはなくて。

ただ、じっと縮まる距離を見ていた。

鼻と鼻が引っ付きそうな近さになって、ようやく私は"キスするんだ"と頭の端で思った。

触れてしまう間際、

---ガチャンッ
「ぉわっ!」

台所から、
賑やかな物音と坂田氏の声がした。

その音にビクりと身体を揺らす。

もちろん、
近づいていた距離は離れた。

「さ、坂田氏は…、大丈夫かな…。」

この場には、
あまりにもわざとらしい言葉だと思った。

ぎこちない笑顔を浮かべる私に、土方さんはフッと笑った。

そして、

「っ、」

私の頭を撫でた。
グシャグシャと雑に。

その手のまま、
私の頭を支えにして立ち上がった。

土方さんは台所に向かう。
坂田氏に「まぬけ」だの何だの言って手伝ってる。

冷静な土方さんとは逆に、
私の頭の中は、ぐるぐるのまま。

文字通り、
置いてかれて。

「…心臓、…やばい…。」

呟いて、
握り締めた自分の心臓は、
自分でも心配になるほど、早鐘を鳴らしていた。


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