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Douze


暑い…。

「…、ん…、」

汗ばむ感覚に、
ゆっくりと目を開けた。

…あれ?
私、目を閉じてた?

「…布団…?」

寝ぼける視界の中に、
掛布団が目に入る。

「見慣れない天井…、」

そうだ、
坂田氏の家だ。

坂田氏の作ったアテがあまりにも美味しくて、"嫁に来い"とか言ながら一升瓶を回し呑みしていた気がする。

潰れる女ってどうよ、自分。

いや、
その前に。

「オッサンか、私…。」

どうか皆が覚えてませんように。
土方さんは特に覚えてませんように。

…、

『アイツなんかに…渡さねェ。』

…土方さん…。

思い出して、
何だか恥ずかしくなって。

私は鼻先まで掛布団を被った。

あの時、
キス…するかと思った。

したいって…思ってた。
土方さんが好きだから。

土方さんは…?
あの時、土方さんは何を想ってたのかな。

私と同じなら、
嬉しいな。

…。

「…ま、あり得ないかっ。」

潔く自嘲して、
うんと腕を伸ばした。

はぁぁ…、
それにしても。

「呑み過ぎちゃったなぁ…、」

私いつ寝たんだろ…。
あ…なんか頭痛い…。

「今日休みで良かったぁ…。」

私がこの調子じゃ、
きっと土方さんはもっと酷いだろうな。

覚えてる時点で、
既に顔真っ赤にしてたし。

それに、
今日は朝廻りだって言ってたし。

「ケケケ。」

…。

「…、って私…、っ休みなんかじゃないっ!」

文字通り、
私はガバッと起き上がった。

急な行動で頭に激痛。

「ぁぅっ…、」

ギュッと目を瞑って、こめかみを押さえた。

「ふぅー…、ヤバいなぁ。」

独特の気だるさと胃の不快感。

これで出勤しても、
私、仕事出来んのかなぁ…。

いつもに増して、
土方さんの眉間の皺も数を増やしそうだなぁ…。

昨日の自分に後悔しつつ、
目を開けた、その時。

「…、え…?」

自分の格好に、目を疑った。

「な、なんで、…?」

布団から出ている紛れもなく私の上半身が、

「は…裸…?」

正式には、
隊服のシャツは着ている。

だが、

「な、なんで何も着てないの?!」

中に何も着ていなかった。

おまけに、
シャツは下の方でボタンが止まっているだけで、ほぼ全開。

「えぇっ…?!ほんと…っ何で…」
「ぅん…?」
「っ!!」

私以外の声に、
ビクりと身体が震えた。

反射的に振り返る。
そこには、


「…ん…、もぅ起きんの…?」


さ、

「坂田氏ィィィ?!」
「紅涙ちゃん、頭痛い。」
「ごっごめん。」

私と同じ布団の端で、
坂田氏がボサボサ頭をさらにボサボサにして起き上がる。

起き上がったその姿に、
私はさらに声を挙げたくなった。

「っ!そっその格好?!」

坂田氏は寝ぼけ眼で自分の姿を見て、また私に視線を戻して首を傾げた。

「どうした?」
「どっどうしたじゃないですよ!何で坂田氏も裸なんですか!」

ちなみに、
私も坂田氏も下は履いてる。

と言っても下着だが。

「ちょ、ちょっと待ってください、」
「何を?」
「あの、頭の中、整理しますんで。」

この状況、
どう考えてもヤバい。

同じ部屋の男女が、
同じように乱れた格好。

冷静な自分が、
あーあと手を上げた。

「紅涙ちゃん、もしかして覚えてねェの?」

坂田氏は私の方に近付き、
目の前でニッコリと笑った。

私はその顔に、
引きつった笑顔で「何をですか?」と返事をした。

「ココのこと。」

坂田氏の指が、私の鎖骨に触れる。

指された場所を見れば、鬱血した小さな痕。

「俺にもあるぜ。」

坂田氏の首筋にも、同じような赤い痕。

「…。」
「紅涙ちゃん?」

う、そ…。
そんな…。

「だって…っ私っ…、」
「紅涙ちゃん…?」

だって、
土方さんのこと好きなのに。

なんで私、
坂田氏とそんなことしたの?

「っ…、」

自分が信じられなくて、口を手で押さえた。

頭が、
現状を処理出来ない。

ずっと視線を上げない私に、
坂田氏が掠れた声を投げ掛けた。

「そんなに…、嫌だったのか…?」

その声が、
ひどく傷付いたように聞こえて、私は顔を上げた。

「悪かった…。俺、そんな風に思わなくて…。」

坂田氏は視線を下げて、
ガシガシと頭を掻き「すまなかった」と頭を下げた。

その姿に、胸が痛んだ。

"本当にヤっちゃったんだ"
っていう重い痛みと、
"坂田氏を責める話じゃない"
という申し訳ない痛み。

「わっ私にも問題があったから、そんなに謝らないでください。」

私に拒んだ様子が全くなかったんなら、

覚えてなくても、
それは合意の上だ。

坂田氏が悪いんじゃない。

「けど紅涙ちゃん、泣きそうな顔するぐれェ嫌だったんじゃ」
「そそんなことないです!」
"ただ頭が回らなかっただけで"

そうだよ、
それに坂田氏のことは嫌いじゃない。

だらしないのは確かだけど、
顔だって悪くないし、
頼りがいだってあるし。

一緒に居て落ち着く。

関係持っても、
全然後悔なんてないじゃないか。

「ほんと、…驚いただけで…、」

…ただ、

ただ。

土方さんじゃない、だけ。

「…何てこと、ないです。」

そうだそうだ、
ヤるぐらい、何てことない。

セフレの歌がある時代だもん。

これも何てことない経験のひとつだ。

…ま、まぁ、
坂田氏はセフレじゃないけど。

頭、切り替えなきゃ。

これから仕事なんだから。
屯所に行くのに。
土方さんに…会うのに。

「さ〜てと、私は屯所に戻らないと〜。」

私はヘラヘラ笑って、
坂田氏の傍から離れようとした。

なのに、

布団に手をついて、
立ち上がろうとした私の手を、坂田氏が握り締めた。

そして私は。

「なァ、紅涙ちゃん。」

蜘蛛の巣のように絡みつく眼を、真っ直ぐに見てしまったのだ。


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